「エルレイン!」
「やはり、来たか・・・」
ダイクロフトの奥、神の眼の前で、エルレインはゆっくりと振り返った。カイルの声と複数の足音を聞いて、顔をしかめている。
「世界が、こんな風に変わってしまったのは・・・お前の仕業なんだな!?」
怒りを抑えながら、それでも声を張り上げカイルがバッと手を振ると、エルレインは目を細めた。
「世界を作り変えたのは確かに私だ。だが・・・・それを望んだのは他ならぬお前たち人間だ。悩みや苦しみがない世界。幸福だけがある、そんな世界を・・・」
夢見るように遠い目をして言うエルレインに、今度はカイルではなくロニが声をはりあげた。
「レンズなしでは生きられないこんな世界が幸福だと!?そんなバカな話があるか!」
「そうだ!幸福というよりむしろ降伏だっ!!」
「オヤジギャグは止めろ」
「寒いわ・・・・・・・」
すかさずボケたに、ジューダスとリアラが間よくつっこみをいれた。顔をしかめたり眉を潜めたりと、以前よりリアクションが良い。
「そんなオーバーリアクションで否定しなくても・・・」
泣きそうな声で二人に言葉を返し、うなだれたに、そこにいたエルレイン含む全員が肩を落としてため息をついた。





my way of living 58
〜いい旅夢気分(夢だから)〜






「コホンッ・・・・今はまだ、過度期にすぎない。神がより完全な形で降臨を果たしたとき、完全な世界、完全な形で幸福が現出するのだ」
「完全な形・・・・?」
語りだしたエルレインの話を、は半分以上流して聞いていた。元々知っているというのもあるが、相変わらずめんどくさい話には参加しないらしい。しっかり返事を返しているカイルたちがかわいそうだ。
ジューダスに肘でガスッと殴られると、はハッと顔をあげた。
「参加はしなくてもせめて話しくらい聞け」
「だって、長い話聞いてると眠くなるんだもんよ・・・」
ふぁ、とあくびをしながら言うに、ジューダスはため息をついた。そんな二人を気にせずに、エルレインは話を進めている。
「本来ならば、もっと早い段階で、完全な降臨がなされるはずだった。神のみ使いである私が奇跡を示し、人々の信仰を集める。集まった信仰は神にさらに力を与え、完全なる形となるはずだった。だが、時が流れてもなお、神を拒むものが存在しつづけ、降臨した神は十分な力を持ち得なかった・・・」
「どうやら、あたしたちホープタウンの人間のことらしいね」
ナナリーがむっと顔をしかめてエルレインを睨むと、エルレインは肯定するようにフッと鼻で笑って話を続けた。
「このままでは完全なる神も、完全なる世界もままならない。そう考えたわたしは、レンズを集め、神の力を高めることを、思いついた。しかし、その計画も、おまえたちによってはばまれてしまった・・・。私に残された道は、さらなる過去にさかのぼって、全ての民が神を崇める世界に変えること。結果は、見ての通りだ。神への信仰を集めたレンズも、こうして大量に集めることができた」
表情を少し緩めてエルレインが手を伸ばした先―――神の眼の周りには、レンズが山のようにつもっていた。
エルレインの言葉を聞いたジューダスはフン、と嘲笑すると、ばかばかしいといわんばかりにけだるそうな声で言葉を返した。
「そのために天地戦争を利用したわけか。バルバトスを送り込んで、天地戦争の結果を逆転させ、地上を荒廃させる。そこに救世主が登場し、救いの手を差し伸べる。救世主は、神の恩恵と称して、人々の信仰を一身に集める・・・・・か。とんだ三文芝居だな」
「せっかく舞台にあげたというのに、脚本どおりに動かない役者たちになにもいわれたくはないな」
「・・・・」
「よくもまあそこまでいえるもんだね。人のことを幸せに導くだの慈悲だのいってるわりに、相当な自己中心態度だよ」
「・・・たちの悪いあなたに言われたくはないです」
「なんだとぅ?!」
黙り込んでしまったジューダスに続いてが肩を竦めながら言うと、エルレインは顔をしかめながら逆につっこみ返してきた。
「たち悪いのはどっちだよ!こーんなクソもつまらない世界作っておいてなにが舞台だ脚本だーーー!」
テメェ一人で動かせる世界だと思うなよ、と啖呵をきるに、エルレインは目を細めると可笑しそうにクスっと笑みをこぼした。
「その脚本を、いくらでも書き換えることができるのに、あなたは何故それをしようと思わない?ああ・・・この物語は物語。動かしてはならない、などと思ってるんですかね。あなたらしくもない・・・。結末が分かっているのなら、手を加えて変えてしまえば良いのに」
「んなっ」
楽しそうに語るエルレインの言葉には驚き、反応を返すこともできずただあわわと慌てていた。
エルレインの言葉を一緒に聞いていた仲間たちは、困惑して首をかしげるばかりだ。
「は・・?」
「結末が、分かってる?」
リアラやロニ、果てはジューダスまでが怪訝な顔をしていると、エルレインはさらに楽しそうに笑みを深くした。
「全て知っているのですよね?これまでのこと、そして・・・これからのこと」
「ま、まてよ。どういうことだよ?!」
エルレインの言葉に、一番おろおろしていたロニが真っ先に声を上げた。エルレインはその予想通りの言葉にさらに笑みを深くすると、を見つめ、優しく、それでいてどこか棘を含んだ声で次の言葉を口に出した。
「この子はこの世界の人間ではありません。そう、それは誰も知らない。たとえ18年前、共に旅をした仲間でも・・・。そうでしょう?ジューダス・・・いえ、リオン=マグナス」
「リ、リオン=マグナス?!」
のことに驚かされた次は、ジューダスについてだった。
からジューダスの方に視線を動かしたエルレインにつられて、ロニやカイルたちがまさか、という顔をしながら後ろに立っていたジューダスの方に振り向いた。
の隣にいるジューダスは、何も言わずうつむいている。
「リオン=マグナスって・・・18年前の騒乱で、スタンさんたちを裏切ったっていう、あの・・・・!?」
「そう・・・そこにいるリオン=マグナスは、仲間を裏切り、無念のうちに死んでいった・・・・。そして。あなたは未来を知っていたのに、リオンを止められなかったこと、そして・・・」
「言うな!!」
途中まで言いかけたエルレインに、は大声で叫んだ。
周りでジューダスと交互に様子を見ていた仲間たちは、怒りを含んだの声に少なからずだが驚いている。
「・・・まあ、いいでしょう。その後、騒乱が収まってもなお無念を晴らすことができずさ迷っていたところを、リオン=マグナス同様、私が過去から・・・向こうの世界から引き落とし、機会をあたえた」
「でたらめを・・・・でたらめをいうなッ!」
エルレインの言葉に耐え切れなくなったのか、カイルが噛み付くように怒鳴り声をあげた。そんなカイルにやんわりと目をやったエルレインは、一度無表情になった顔を面白いものでも見るかのように緩ませ、「本人たちに聞けば分かること・・・」と逆に煽ってきた。
「二人とも、なんで黙ってるんだよ!嘘だろ?違うよね!異世界なんて知らないって、笑い飛ばせよ、!僕はリオンなんかじゃないって、そう言ってやれよ、ジューダス!!」
煽られたカイルは勢いをそのままに、黙りこくってうつむいている二人に声をかけた。
一瞬、嫌な沈黙が流れたが、まずまっさきに顔を上げたのはだった。
「ま、別に隠すことでも無いし?ここには10年後の人間やら聖女やら集まってるわけだし、異世界の人間でもさして問題ないでしょ」
「そんな・・・・そんな軽々しく、いうなよ。分かってて、俺たちのやってることだまって見てたのか!?」
あっけらかんと言って笑ったに、カイルが泣きそうな目を大きく開いて声を張り上げ聞き返してきた。
全て知っていて、ただ一緒に行動していたというその真実が、酷く裏切られたようで気分を彷彿とさせないのだろう。
はカイルの言葉を聞くと、ため息をついて肩を竦めた。
「・・・エルレインのいうとおりさ。ここは俺の世界じゃないし、ここの住人でもない。だから、全ての行動を、世界を動かすのはこの世界の人たちだって思って、何もしなかった。変に介入して話を変えてしまったらエルレインと同じだろ?」
「でも、どうなるかがわかっていたらこんな・・・」
「早くことを伝えていれば、カイル、お前も、ロニもリアラもナナリーも・・・ジューダスも、成長なんてしなくなる。なにより、それは人の歴史を動かす行為だ」
「そうだけど・・・」
「・・・・なーんつって。昔、誰かを止めようとして無駄に動いたこともあったけどね」
真剣に話した後、気をそらすように苦笑いしたは、また肩を竦めて開き直ったように声を上げた。
「あーもー、そーですよ。エルレインとお互い様ですー。何が悪いってんだよ。って、あの時思ってたんだけど・・・・でも、いくら動いても、やっぱり変えられなかった。全てを知ってるわけでもなかったしね。・・・・・・ね、そうだったろ」
何も言えず静かに話を聴いていたカイルたちの前で、はゆっくり横を向いた。
いるのはもちろん、仮面をつけたまま、下を向いているジューダスだ。
に声をかけられて一瞬顔をしかめたジューダスだったが、カイルに「・・・ジューダス?」と声をかけられると、諦めたようにため息をついた。
「そうだ・・・僕はリオン。・・・リオン=マグナスだ」
言って、仮面を初めて外したジューダスに、とエルレイン以外の全員が、信じられないものでも見るかのように顔をこわばらせた。
「そ、そんな、どうして・・・・・!」
仮面を外し、言い訳もせずにまっすぐ顔を向けてきたジューダスに、カイルは困惑したように顔をゆがめた。
ジューダスが・・・発するかどうかはわからないが、次の言葉を言う前に、カイルたちの後ろで、急に神の眼が輝き始めた。
はっと気付いてカイルたちが振り向いた時にはもう遅く、エルレインはすっと腕を上にあげた。
焦るカイルたちとは裏腹に、は落ち着きはらっていたというより、遊び半分で飄々としていた。
「とうとうばれちゃったねー。これからが大変だ」
にししと笑うに、仮面を取ったジューダス・・・ことリオンが重いため息をついた。
「はぁ・・・まったく。僕が言う前に下手なことをいうんじゃない」
「バカいえ。俺に脳みそ無いのは重々承知だろ?」
恐らくはカイルたち並に焦ったり、秘密がばれてしまったことについて焦ってもいいはずのジューダスだったが、のあまりの呑気さに、逆に毒気を抜かれたようだ。
が笑いながら冗談を言うと、シャルティエがくすくす笑い出し、リオンも口元を緩めるとフッと軽く息をついた。
「ああ、そうだったな」
「ってオイ、否定くらいしろよ」
がリオンに裏手突っ込みを小さく入れたときだった。段々と、目の前が明るくなってきた。
「誰が否定するか」
リオンがに言い返したところで、周りの景色は全て白になっていた。


次に目を開いた時、は暗闇の中にいた。
「あちゃ〜。なにここ、取扱説明書とか無いわけ?」
どこにいるわけでもなく、どこに足をつけるでもなく。
はこのわけの分からない空間に、なす術が無いじゃないかと腕を組んでため息をついた。
「あ〜あ〜〜。今頃カイルはリアラとイッチャイチャーのラブラブ〜〜vをやってるのかな・・・・みーーたーーーいーーー!」
と、が駄々をこねてじたばたと手足を動かすと、急に、目も眩むような光に襲われた。
「・・・・・。ここって・・・・」
ゆっくり目を開けて、は辺りを見回した。見覚えがあるどころか、嫌な思い出しかない、あの海底洞窟だ。
(ということは、リオンの夢か。あ〜〜〜〜あ〜〜〜〜〜〜〜。カイルたちの夢も見たかったーーー!!)
小カイルーー!と、じたばたと騒ぐだけ騒ぐと、なんとなく来たくはなかった場所だ、と、はため息をついた。
「てーか。歩くのめんどーい。なんでこんなでこぼこ道あるかなきゃならん!夢ならもっとこう!浮くとか!浮くとか!むしろ浮くとか!」
文句を言ってぴょんと跳ねたは、急に感じた浮遊感にぎょっとして足元を見た。浮いている。明らかに地面から足が離れている。
ナイス夢!と喜び、リオンはどこかな?とキョロキョロしながら移動していくうちに、は前に来たことのある広場に出た。
リオンと最後に離れた場所だ。
階段の一番上に、シャルティエを抱くように抱えたジューダスが一人、ぽつんと座っていた。
「・・・・またか。悪夢はいつも、ここからはじまるな。シャル」
『・・・。そうですね、坊ちゃん』
ジューダスがシャルティエにうんざりしたような悲しいような、微妙な声で語りかけると、シャルティエも同じように返事を返してきた。
よくよく見ると、端の方にカイルたちがいる。少し離れたところから、ジューダスを眺める気のようだ。
そのとき、静かだった洞窟に、複数の足音が響いた。
ハッと息を吸ってスタンたちがくるであろう方向を見たは、その後ジューダスの方に目を向けてさらに驚いた。
「ド、ドリームマジック?!」
是非ともつっこみがほしい。
ジューダスとしてそこにいたはずの少年は、18年前の姿そのままに、その場所に立っていた。
後ろには人形のようにだらりと手足を落とす自分と、それを抱えるレンブラントがいる。
(別のところから自分見るって、変な感じ〜)
呑気にしている間にスタンたちが来て、レンブラントが奥に入っていこうと踵を帰したときだった。過去のが、横にある岩を両手で掴んだ。
『・・・、君はまだ・・・』
シャルティエの声が悲痛そうに響く。
驚いて何度も強く引っ張るレンブラントにも負けず、は辛そうに顔を上げると、必死にリオンに向って叫んだ。
「リオ・・・シャ・・・・ル・・・・・・・!水・・・・・・にげ・・・・・」
「なにを言っているんだ?動けもしないお前に何が出来る」
振り返って、無表情にその台詞を言うリオンは殺気だってやけに怖かった。改めて聞くと、中々痛々しい。
カイルたちはなにを思ったのか、眉を潜めたり目を見開いたりとそれぞれ反応を示している。
酷く悲しそうに顔をゆがめながら、それでも必死になっている自分を別の場所から眺めるという行為に、はやはり複雑な心境だった。
(懐かしいような、悲しいような、切ないような・・・てーか自分、がんばってるな〜)
「マリア・・・・大じょ・・・・・・ぶ・・・!はや・・・・逃げ・・・・・・・!!」
「煩い。レンブラント、連れて行け」
「みん・・・・な・・・・・リオ・・・・・助け・・・・・・・!!」
「行くんだ、
!!」
「や・・・だ・・・・!!リオ・・・・!!ル・・・ティ・・・・・・!!」
に背を向けたリオンは、もう二度と振り返らなかった。
(・・・なんだ、リオンのやつ。一応俺のことも眼中に入れていてくれたんだ)
が一人フッと微笑んでいたのもつかの間、がいなくなった途端、一気にその場の空気が緊迫した。
「リオン、どういうことだ!」
「そのまま・・・・見ての通りさ」
「あんたね!仲間があんな風に必死になってんのに、助けようともしないわけ!?」
ぱらっと髪をかきあげながら言ったリオンに、ルーティが今までに無いくらいの怒鳴り声を上げた。
その言葉を聞き、ルーティを見ると、リオンは一瞬表情を曇らせ、それからすぐに言葉を発した。
「僕に・・・仲間なんて、いない」
「リオン!そこをどけ!」
「・・・・」
「リオン君、退きたまえ。君は事の重大さがわかっていない!」
スタンの言葉にリオンがうつむいて押し黙っていると、ウッドロウが堰を切ったように叫びだした。
しかしウッドロウの言葉を聞くと、リオンは逆に顔をあげ、小ばかにするように前の仲間たちを見下ろした。
「わかっていなかったのはお前らの方だ」
「なに!?」
「お前らはヒューゴに利用されたんだ。グレバムから神の眼を奪うためにな。全ては計画通りだ」
『そう、お前たちがここに来たこと以外はね』
『な、シャルティエ、貴様!』
「父さんたちと、あれって、ジューダス?」
と、ディムロスとシャルティエ、他ソーディアンたちが話し始めた時になって、急にカイルがリオンを指差しながら全員に問いかけた。
「ああ、そうなんだろ。自分でもリオンだ〜って言ってたわけだし・・・なにより、顔がそのままだ」
「仮面・・・意味、なかったもんね」
「い、今はそれどころじゃないわよ、皆!」
「ああっ、そっか!」
知っていて、私たちを騙したのね、愚か、我らが志を無くしたか!等々。アトワイトやクレメンテがいくら話していても無視だ。
シャルティエの言葉には反応していたから、恐らく夢の中でだけ、ソーディアンたちの声は聞こえているのだろう。
『何とでも言うといいよ。でもね、もう僕らの力ではどうにもならないよ』
『ぬしに言われる筋合いは無いわい!』
『認識するべきだよ。古の存在に逆らうなど不可能だ、って事をね』
『ぬかせ、裏切り者が!』
「待ってリオンさん。あなたこそヒューゴに利用されたのではなくって?」
「そうだ、目を覚ますんだリオン!」
ソーディアンたちがそれぞれ声をはりあげ話していたところに、フィリアが最初から聞きたかったことをやっと口に出すように、早口でリオンに問いかけた。スタンはハッとして続けるように言葉を投げ、リオンはフィリアとスタンの言葉を聞いて目を細めた。
「その通りだ。ヒューゴにとっては、僕でさえ使い捨ての駒の一つに過ぎない」
リオンが目を泳がせながらも、まるでそれが常識であるかのように言うと、フィリアは口に手を添え、「そんな・・・・」と首を振った。
「ちょっと、そこまでわかっててまだあいつの味方をするっていうの?」
「・・・・」
「あんたバカじゃないの、なに考えてるのよ!」
「ヒューゴのためなんかじゃない!大切な人を守るためだ!」
ルーティの言葉にカッとなると、リオンは初めて声を張り上げた。ここで初めて感情をあらわにしたリオンを見て、スタンが「大切な人?」といながら首をかしげると、ルーティが腹を抱えてけらけらと笑い始めた。
カイルとロニは「母さん・・・」やら「ルーティさん・・・」やら言って頭を抱えている。
「なーに、かっこつけてるのよ!」
「捨てられたお前にはわからないさ」
「なんですって!」
「よすんだルーティ君。挑発に乗るんじゃない」
口元に笑みを浮かべながら肩を竦めたリオンに、ルーティはキッと睨みを効かせながら怒鳴り返した。ウッドロウの言葉にも、「うるさいわね!」と一言だ。さりげなくロニもリオンを睨んでいる。
「リオン!それ以上言ったら、容赦しないわよ!」
「容赦しない、ね・・・・・・・ヒューゴに捨てられた分際で何を言っている!」
「誰のことよ!?」
「おまえだ」
リオンが可笑しそうに目を細めながら言うと、先ほどから怒鳴りちらしていたルーティは「え?」と困惑した声をだした。
「お前はヒューゴに捨てられたんだよ。母親が託したアトワイトと共にな!」
「なにを勝手なことをぬかしてんのよ!そんなこと・・・・あんたが知ってるわけが・・・・・」
「母さんが捨てられた?!」
「って聞いたことあるだろうがカイル!」
「あ!そういえばそうだった!」
「・・・・」
大事な言葉を、今丁度リオンが言おうとしているのに、カイルたちは気付かず自分たちの話を進めていた。はそんな仲間たちに白い目を送っている。
「ああ・・・こいつらはこうやって大事なところを聞き逃すんだね・・・」
ほろり。涙を落とす真似をすると、は一人だけリオンとスタンたちのやりとりに目を向けた。ここまでいなかったのだから、分からなくてあたりまえで気になった。
「僕はヒューゴの息子だ」
(あらーここでいうのね〜)
「母クリス・カトレットとの間にできた最初の娘。それがお前なんだよ、ルーティ!」
リオンの言葉に、ルーティは酷くショックを受けたようだ。困惑したように眉をひそめながら、手の中にあるアトワイトに視線を落とした。
「アトワイト・・・・」
『で、でたらめを言わないで!』
「おや、ルーティには話してなかったのか?」
『ルーティ、信じちゃだめよ!』
「薄情だな」
アトワイトの言葉に冷たく言葉を投げると、リオンは引き抜いたシャルティエをゆっくりと構え、目を見開きながら眉を潜めているルーティににやりと笑いかけた。
「さて、優しいお姉さん・・・・・それでも僕を殺せるかい?」
「・・・・」
痛恨の一撃か。リオンの言葉に、ルーティは何も返せなかった。それどころか、すっかり青ざめて目を下に落としている。
スタンはそんなルーティを見ると、ぎりっと歯噛みをし、やめろ!と叫んだ。
「やめろ、リオン!それ以上・・・・・それ以上何も言うな!」
「ナイト気取りか、格好いいね」
「なんだと!」
ルーティを気遣って言葉を発したスタンに、リオンはまだ笑いながら肩を竦めた。スタンはいい加減怒ったように声を上げたが、リオンはさして気にした様子ではなかった。
リオンが顔をキッと引き締めると、あたりの空気にも同じように緊張が走った。
「僕は殺せる。大切なものを守るためならば、たとえ親でも兄弟でも、だ!」
と、スタンたちに向って叫ぶと共に、リオンは走りだした。
(これが、スタンたちとの戦い・・・)
どれだけ苦しかっただろうか。今のリオンの表情からはなにもうかがえない。
ただひたすら目の前の敵を倒すためだけに剣を振り、他になにも考えられないほど、すばらしい動きでスタンたちと戦っていた。
ルーティは動けていない。ぺたりと座り込んで、スタンやリオンがソーディアン同士で戦う姿を眺めるばかりだ。
「はっ!」
掛け声と共に、リオンはルーティの方にまで斬り込んでいった。
カイルたちがハッと息を吸い、ルーティが驚愕で顔を染めたままリオンを目でおったが、シャルティエは、ルーティにまで下がることはなかった。
「ルーティは戦わなくていい!いいから・・・・・下がっていてくれ!!」
シャルティエはスタンの振り回したディムロスのおかげで、ルーティの元にまで落ちる前に止められた。
スタンがシャルティエをなんとか支えているうちにルーティに声をかけると、ルーティが泣きそうな声でスタンの名前を呼んだ。
「スタン・・・」
「早く!!」
「無駄だ!」
言うや否や、リオンはバックステップして一度距離をとり、すかさずスタンに斬りこんだ。
その運動能力は、さすが天才剣士と呼ばれるだけあるだろうか。スピードについていけず、スタンはディムロスで応戦するも吹っ飛ばされてしまった。
「死ね!」
そのままシャルティエを下ろしたリオンは、またもシャルティエの刃を食い止められた。
今度は、ルーティ本人だ。
「くっ・・・・!」
「いつまで持つか・・・うぁっ!」
「リオン!」
ドッ、という音と共に、リオンはぐっと前に押されたようにつんのめり、それから少々の血を吐いた。
胸には、ソーディアンの切っ先がちらりと見えている。
ルーティはハッとしてリオンの名前を呼んだが、血を吐いて胸から出ているソーディアンを見たときから、表情を凍りつかせた。
「ご、ごめんなさい・・・リオンさん・・・・・!!」
「かはっ!!」
泣きそうな声で謝ってきたのは、後ろからクレメンテを突き刺したフィリアだった。
勢いよくクレメンテを引き抜くと同時に、リオンはまた血を吐き、そして胸からは大量の血が流れ、青く美しかった服を赤く染めていった。
「もう・・・もうやめてリオン!」
「まだだ・・・」
ルーティが半分泣きながら叫んだが、リオンはぐっと手に力を入れると、支えにしていたシャルティエを構えなおした。
スタンはそんなリオンの姿に目を見開き、フィリアは後ずさり、そして、ウッドロウは大きく息を吸うと共に「うぉおお!!」と剣を向けてきた。
一度むせた後すぐにそれに応戦すると、リオンはウッドロウの剣を流し、ブンッとシャルティエを振ってウッドロウを後退させた。
すぐにフィリアが切りかかってきたがそれもシャルティエで流し、後ろから突っ込んできたスタンの方に振り向いてカッと剣をあわせると、また逆の方向からやってきたウッドロウに蹴りを入れた。意を決したのか、目つきを変えてリオンに突っ込んでいくルーティにも容赦はしない。
アトワイトで斬りかかって来たルーティに、リオンはウッドロウと同じく蹴りを入れた。
「つ、強い・・・・」
「けど・・・これじゃあ・・・負けるのも当然だよ!」
スタンたち3人を相手にすばらしい動きを見せているリオンだが、明らかに、確実に怪我が増えていっているのは確かだ。
怪我を負い、さらに3人を相手にするのはさすがに無理がある。
スタンとウッドロウが相手をしている間にフィリアが晶術を撃ち、吹き飛んだところにスタンたちがやってきては応戦する、と、ボロボロになろうとも血だらけになろうとも、リオンは何度も繰り返した。
カイルやナナリーが顔をしかめながら、その様子を痛々しそうに見ていたが、リオンたちに戦いをやめそうな雰囲気は無い。
ますます怪我が増え、もう動けなくなったかというころ、スタンがリオンの利き腕に剣を入れた。
「ぐあっっ」
腕を斬られ、さらに衝動に耐えられなかったリオンは、階段の下までシャルティエごと吹き飛んだ。
スタンが肩で息をしながら「リオン・・・」と声をかけると、リオンはぴくりと手を動かし、シャルティエを捜すように地面に手を滑らせ、柄を掴むと共によろよろと立ち上がった。
今度は、シャルティエを右手で持っている。
「どこを・・・・狙ってる・・・スタン?殺すには・・・ここか・・・ここの急所・・・だ・・・!」
「そんなこと言わないで!」
顔に笑みを浮かべ肩で息をしながら、親指で心臓や頭を指差したリオンに、フィリアが耐え切れず叫び声を上げた。
怪我のどれかが酷く痛んだのか、リオンは唸り声を上げ顔をしかめると、ケホケホと血を吐きながら地面に膝をついた。
「もう・・・・もう終わりにしましょうリオンさん・・・!!」
「まだだ・・・・まだ終わりじゃない」
ぼろぼろ涙を落としながらフィリアが叫んだが、リオンはシャルティエをついてまた立ち上がると、スタンたちの方をキッと睨んだ。
「もうよせ、リオン」
「後を追わせるわけにはいかないんだ・・・・」
スタンまでもが顔をゆがめてリオンに言ったが、リオンは目線を落とすと、今出る限りの小さな声で、息も絶え絶えに言葉を発した。
そのときだった。
洞窟全体が、大きな地震のようにぐらぐらとゆれ始めた。
「な、なんだ!?」
「くっくっくっ、始まったな。僕の勝ちだ・・・・」
「なんだと」
ゆれに耐え、何とかたちながらもスタンたちがあたりを見回していると、リオンが急に笑い始めた。
絶え絶えだった息も無視して笑うと、ゆっくりと体をあげた。
「終末の時計は動き出した。もう誰にも止められない」
一段一段階段を登り、座る込むと、リオンはまるで予言でもするかのように、スタンたちを見ながら無表情に言い放った。
それと同時に、洞窟の置くからドーーーンッッという大きな音が聞こえた。
『まずい、崩れるぞ!』
『逃げるんじゃ!』
「敵に後ろを見せろなんて、無理な注文ね!」
「決着をつけてからだ!」
『馬鹿者、それどころではないぞ!』
「きゃぁ、水がっ!」
どっと流れてきた水に、まだ戦う気満々だったルーティはハッと顔をあげた。
「リオン!!」
叫んだ言葉は小さく水に呑まれ、階段の上にいたリオン以外、全員が流されていった。
「・・・」
『終わりましたね、坊ちゃん』
「ああ・・・・・・シャル、つき合わせて・・・」
『言わないで下さい。もう、いいですから』
そうか。
と、言う前に、リオンは横から浸水してきた濁流に飲まれていった。
水に攫われる寸前、フッと表情を緩めて笑いながら。
(さよなら・・・マリアン・・・)
濁流の流れる洞窟の映像は、徐々に薄れて元に戻った。
そこにはもとのまま、仮面をつけて倒れるジューダスと、空中に浮かぶエルレインがいた。
「愚かな・・・・。なぜ、お前はなおも傷つこうとする?ただ一言「未来を変えたい」そう言えば、この苦しみから逃げられるというのに。卑劣な裏切り者ではなく、人々の記憶に長くとどまる英雄としてたたえられるのだぞ?おまえの愛するものも、手に入れることができるのだぞ?愛と名誉・・・・その両方を目の前にしておまえはなぜ、それを拒む?」
「・・・なぜ?・・・・フッ、貴様は・・・なにも・・・わかっていない。僕は・・・この結末を・・・覚悟していた・・・」
分からない、と顔をしかめながら質問攻めしてくるエルレインに、ジューダスはくくっと笑うとゆっくり言葉を返した。
そのころ上では、が「くる!名台詞!」と違う期待だ。
「・・・・マリアンの・・・命こそ・・・・僕の、すべて・・・」
実際に近くで聞いてみると、言葉は案外悲しいものに聞こえた。
ぐっと手を握っていたは、ジューダスの声を聞くと、ふと、力をゆるめた。
「・・・・そのため・・・なら・・・どんな・・・ののしりも・・・・甘んじて、うける・・・」
強くジューダスが言い切ると、ジューダスの様子を遠くから見ていたロニが微妙に表情を変化させた。
も楽しんでいたはずが、すっかり黙り込んで話しに聞き入っている。
エルレインは、ますます顔を硬くしていくばかりだ。
「だから、願えと言っているのだ。お前の望む未来を。名誉と愛、両方を手に入れる未来を」
「・・・そんな、もの・・・欲しく・・・ない・・・貴様の、作り出す・・・まやかしの、愛や・・・名誉など・・・なんの、意味もない・・・・」
「・・・・この悪夢を永遠に繰り返すというのだな?リオン=マグナス」
「・・・・フッ。だから・・・貴様は・・・なにも、わかって・・・ない・・・・」
ふと表情を冷めさせ、エルレインが言うと、ジューダスは口元を緩めて可笑しそうに笑った。
それからぐっと腕に力を入れると、ゆっくりと、おきあがった。
「・・・・僕は・・・・僕は、リオンでは・・・・・・ない」
膝に手をつきながらも何とか立ち上がると、ジューダスはキッとエルレインを睨み上げた。
「・・・僕は・・・・・・ジューダスだ・・・!」
ジューダスが言い切ると、エルレインは目を細めてスッと腕をあげた。
「・・・・ならば、望み通り永遠の悪夢を・・・」
「やめろッ!」
「・・・!」
ぽっとエルレインの指先が光り始めたところで、複数の足音と共にカイルの大声が聞こえてきた。
驚いて声のするほうに振り向いたジューダスは、こちらに向ってかけてくるカイルたちを見て目を見開いた。
「これ以上、好き勝手にはさせないぞ!」
ジューダスを守るように前にザッと並んで立ったカイルたちに、驚いているのはジューダスだけではなかった。エルレインも大きく目を開くと、「わからない・・・・」と首を振って指先に集めていた光を消し去った。
「なぜ、お前たちはその男をかばい立てする?その男・・・・リオンは、私利私欲のために仲間を捨てた裏切り者なのだぞ?」
「リオン?そんなヤツのことは知らねえな」
一番腹を立てているであろうロニが、はっと嘲笑しながら肩を竦めた。驚いた顔をするジューダスに顔だけ向けると、小粋に一つウィンクだ。
そんなロニにつづいて弓を構えると、ナナリーもエルレインに向って声をはり上げた。
「あたしたちは、ただ仲間を助けるだけさ。ジューダスっていう、大切な仲間をね!」
「おまえたち・・・・」
「その男はおまえたちを、またいつ裏切るかわからないのだぞ?すべてを知った今でもなお、そのようなものを信じられるというのか?」
ナナリーの言葉に、ジューダスが未だ信じられなさそうな声を上げ、エルレインも困惑した表情でカイルたちに問いかけた。
「知ってるとか、知らないとか、関係ない!俺は、ジューダスを信じてる!今までもそうだった!そして、これからもだ!」
「カイル・・・」
焦ったように声をかけてくるエルレインに、カイルは楽しそうに返事を返した。
呆けたような声をだすジューダスに振り返ると、カイルたちは全員、にっこりと笑みを浮かべた。
「さぁ、戻ろ、ジューダス!俺たちの世界へ!」
「そして、続けましょう。わたしたちの歴史を・・・・」
「・・・ああ!」
「まった!忘れてるぞ!」
感動の対面を済ませたところで、ロニが思い切りつっこみを入れた。
「忘れんなよ!」
とは上から一部始終を眺めていたの言葉だ。
わかってる、というジューダスに本当かよと疑惑の目を投げていたに、「何故?!」と言う声が急にかかってきた。
「あ、エルレイン」
「相変わらず呑気ですね・・・・じゃなくて、なんであなたが他人の心の中であるここにいるのですか?!」
一気にたくしあげてきたエルレインに耳を押さえると、は顔をしかめながら「知らないよ」と返した。
「ていうかお前、ご丁寧に取り扱い説明書でもなんでも置いておけよな!お客様は神様なんだぞ!崇めろ!」
「おかしいですね・・・普通人の夢には入れないし・・・・なによりまず、自分の夢の中を浮遊するはず・・・・」
「ってオーイ」
無視してさっさと話を進めるエルレインに、は一人裏手つっこみを入れている。
そんなの裏手はやはり無視され、エルレインはに向き直るとまた「何故です?」と問いかけてきた。
「そ、そんなの分かるわけ無いじゃ」
「ですよね。頭悪そうですし」
「テメェ喧嘩売ってるだろ」
「そもそも売っているのは貴方です」
どっちもどっちだが、二人とも食い下がろうとしない。とりあえずその話しについておいておくことにすると、エルレインはやはり「何故?」と首をかしげた。
「心を閉じている人間の心の中には入りずらいけれども・・・本人は必ず、夢の中にいるはず・・・」
「・・・自分にすら心開いて無いんじゃない?」
手を顎にそえてうーむと考えるエルレインに、は適当に相槌を打つと暇そうにあくびをした。
そんなにため息をつくと、エルレインは「わかりました」と言って手をかざしてきた。
「な、なにを??」
「夢の中に飛ばします。あなただけは・・・ゆっくりと夢の中でおやすみなさい」
「そんな勝手なーーー!?」
と、叫んだ時にはもう遅く。初めてエルレインに飛ばされたときのように、は急に開いた穴に、今度は盛大でこそあるが吸い込まれていった。
そのころ、下の方でも問題が起きていた。
「ええ?!の気配が感じられない?!」
「ええ・・・そうなの。ジューダスの時もうっすらとだけだったんだけど・・・の気配は本当に・・・・」
「・・・・」
言ってうつむいてしまったリアラに、ジューダスも不安げに表情を曇らせると押し黙ってしまった。
そこに、おもむろにロニが言葉を挟んだ。
「ていうかよ・・・・あれ、本当なのか?」
「異世界の住人、って奴?」
ロニの言葉に反応して、カイルは眉を潜めながら顎に手をあてた。
ナナリーもそれに反応すると、肩を竦めてにわかには信じられないね、と二人に相槌を打った。
「ところで、にわかにってなに?」
カイルのこの一言により、緊迫していた空気は一気にしらけに色を変えた。






続く
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ていうかカイルたちの夢なしかよ。みたいな話ですね(だったらやめろよ)
ジューダスのだけは書きたいな〜〜ってそれじゃあ差別じゃん☆ー。と、思ったのですが(帰れ)
次はとうとうドリ主!さあさあどんな夢に・・・って、めちゃくちゃ予想つくっちゃー予想つきますけどねーっていうかモロバレですけん。
そういえば、ジューダスの夢はTOD使用に・・・いや、ちょっぴり何か混ぜて?やってみました。
気付いたこと。
フィリアがなんだかんだいって一番怖い。(そう書いたのは自分)
・・・ここまで読んで下さった方、本っっ当にありがとうございました!!