「バトー!バトー!」
「煩い。仕事中に呼ぶな」
すっかりダイクロフトの生活に慣れてしまったは、ありえないくらい元気に笑いながらバルバトスを大声で呼んだ。
の後ろには、ミクトランがコンピューターをかまってなにやら険しい顔をしている。
仕事以外では放っておけばいいからどうでもいいとして、仕事中にまで話しかけられ遊びにつき合わされるのはたまったものではない。と、バルバトスは少し不機嫌に歩いていた。
そして、その後。彼の目の前は、暗幕になってしまう。
「・・・・・これはどういうことだ?」
上からくすくす聞こえてくる二人分の笑い声に、バルバトスは怒りを抑えながら静かに問いかけた。
額に出る青筋は押さえられなかったようだ。
「何って」
「悪戯だ」
どうしてこんなことになってしまったのか。
自分でなんでもする、と言っていた決意が、ちょっぴり薄れた瞬間のバルバトスだった。
my way of living 56
〜王と痴呆にゃご用心。ゴツイママは胃薬が必需品?〜
「悪戯って結構面白いだろ??」
「まあ・・・余興くらいにはなるか」
「素直じゃねー」
机に体重をのせ、浮かせた足をぱたぱた動かしながらが言ったが、ミクトランはフンと鼻で笑うくらいでうんとは言わなかった。
がむっと頬を膨らませていると、先ほど落とし穴に見事に引っかかってくれたバルバトスが、無駄に空間移動の力を使って穴からでてきた。
「あ、バトが出てきた」
「出てきた、でわないっ。仕事をしている最中だというのに、いらん遊びに付き合わせるな!」
「生き抜きも必要だよ、バト。肉奴隷も大変でしょ〜」
「またそれを言うか・・・・」
ものすごい剣幕で怒ってくるバルバトスの威圧にも、なんのその。ていうかその仕事いらないじゃん、と、はのほほんと手を振った。
ずっと睨んで怒りを空気で伝えてきていたバルバトスだったが、その内、諦めたようにため息をつくと最初いた場所に戻っていった。
さながら悪戯を覚えた5歳児を相手にするお父さんだろうか。
そんな気持ち悪い想像は是非とも避けたい。
「おしミクトラン!次は歌だ!今回はノリのいいやつで!若い子に大人気ケン・タッキー&羽だ!」
「知るか」
「まず君が愛の花♪で身体を右の手をこう!そして僕が恋の花♪で身体はこう!手はこう!そしてそのままコウ動いて時をとーらえてゆれーてー♪だ!背を向け合ってやるとかっこいいんだぞ!さあやろうゼ!」
「一人でやってろ」
さすがにそんなところまでノリは良くないのか、しらけるミクトランにが「や〜ろ〜う〜よ〜」と駄々をこねている。
バルバトスがため息をついていると、急に、穴の手前辺りが輝き始めた。
「あの女か?」
「・・・ぁ!な、ミクトランっ」
コンピューターから目を放したミクトランに近づくと、はひそひそと耳元で何かを囁いた。ミクトランの顔に、にやりと嫌な笑みが浮かぶ。
嫌な予感がするな、と思いながらとりあえずバルバトスが光の方に近づいていくと、段々と弱まってきた光の中からエルレインが現れた。
とんと床に足を下ろすと、エルレインはゆっくり顔ををあげてあたりを見回した。
「・・・・あの子は?まさか、本当に地上軍に」
「それはない。どこかにいるはずだ」
いつの間にいなくなったのか、の姿はどこにもなかった。
首をかしげるエルレインと一緒にバルバトスも隅々まで部屋を見回していると、明らかに場違いなものが一つ、ぽつんと置いてあった。
ミクトランの後ろ、丁度5メートルあたり、「みかん」と書かれた箱が置いてあった。
バルバトスとエルレインの二人が同時にそれに目を向けた瞬間、箱はそっと横に動いた。
「・・・・」
「近づくな。危ないぞ」
机に肘をつきながらにやにや笑うミクトランを一瞥すると、エルレインはゆっくり箱に近づいていった。
バルバトスは、絶対に何かあると察したのか、その場から動こうとしない。
エルレインが箱にあと1メートル、というところで止まった。
「、こんなものに入っているのですか?無駄な抵抗はよして、でてきなさい」
エルレインが声をかけると、箱はまた同じ方向に移動した。
ため息をつくと、エルレインは箱に近づいた。瞬間―――
パンパンパンッッ
「!!?」
「あーはははははっっ!ひっかかったひっかかった〜〜♪」
「あんな見え見えなものでも、上手くいくものだな」
「真面目な人間ほどひっかかるから面白いんだよ」
というは、先ほどバルバトスの落ちた穴の中だ。手には箱につながる長い糸。ミクトランはにやりと笑うだけだがかなり楽しそうだ。
一歩引いて驚いた顔をしていたエルレインはしばらく放心状態で、バルバトスはそんなどうしようもない状況を見てはぁーとため息をついていた。
よいしょと穴から出てくると、はぱんぱんと手を払ってミクトランに手を出せ手を、と指示をだしていた。
「イエーイ☆」
「・・・・これはなんなんですか、」
とミクトランが(本人なにも気付かないうちに)ぱーんと両手を合わせて音をたてたところで我に返ったのか、エルレインが珍しく低いドスの聞いた声をだしてきた。
どこかであった状況にバルバトスは顔をしかめるが、はん?とエルレインの方を振り向くと、にっこり笑って
「なにって」
「悪戯だ」
とミクトランと連係プレーだ。すっかり乗せられてしまったミクトランは、後々後悔していた。
バルバトスは不覚にも、肩を戦慄かせるエルレインを見てプッと噴出した。なるほど、これが悪戯の楽しさかとは後の本人の言葉だ。
しわの寄った眉間を押さえながらつかつかと歩いてくると、エルレインはなにかを言おうとしてため息をついた。諦めたようだ。
首をかしげるを指差しながら、今度はバルバトスの方を向いた。
「このおバカな子のしつけを、もっと強くしなさい」
「なぬ?!」
「俺は飼育係じゃない」
言いたい放題だ。はエルレインの言葉を聞いてまずつっこみを入れようとしたが、バルバトスの言葉を聞いてどちらに入れるべきかとおろおろした。
微妙に上がった右手がむなしい。
そんな3人のやりとりに一人笑っているのはミクトランだ。すぐに気付いたは「一人で美味しい位置とってんじゃねえよ!」と出していた右手でつっこみを入れた。
とりあえず始めに茶でも入れてこいとバルバトスにいわれたは、「誰か一人のをめちゃくちゃ濃くしてやる・・・」とやけにミクトランの方をみながら去っていった。後が怖い。
「まったく・・・。それにしても貴方も貴方ですね。いつの間にか随分と性格が変わって」
「変わってなどいない」
説得力が無い。まさに君子豹変というやつだろうか。
そんなことはお構いなしにエルレインがフンと鼻をならしていると、しばらくしてが戻ってきた。
「へーイ出前一丁!」
「何の真似ですか?」
「えーだめだよお前。ここは乗らなきゃ。なあ、こいつ遅れてる」
「お前の知能の遅れよりは随分マシだと俺は思うが?」
コーヒーを持ってきてすぐ、つっこみを入れてきたエルレインをが指差した。その後さらにバルバトスがつっこみだ。
だめとまで言われたエルレインは固まっている。
とりあえずコーヒーを配ると、は特等席に座って自分の分のコーヒーを飲みはじめた。
「まったく・・・」
「さきほどからそればかりだな」
「誰がそうさせてると思ってるのですか」
「どう考えてもあいつだ」
「どういう意味じゃいジジババども」
それぞれ言いたい放題やっているエルレインやバルバトスたちに向かって、が一言。ソレを聞いた大人3組は、コーヒーを持ったまま固まった。
「どうするこいつ?」
「とりあえずコーヒーでもかけておくか」
「うわー!バカー!食べ物で遊ぶな!」
近くにいたミクトランにがっしりつかまってしまったは、コーヒーを持ったまま近づいてくるバルバトスに足で抵抗していた。
エルレインはの言葉に賛成したものの、やはり「しばらく外につるしましょうか」とさりげなくレンズからロープをとりだしていた。
騒ぎがおさまった後、は力尽きて寝そべっていた。他3人はひそひそとなにやら話している。
「ていうかさー」
暇になったのか、回復したは3人に向かって声をかけた。
「エルレインて友達いないよね」
「いきなりなんですか貴方は」
図星だったのか、エルレインはミクトランたちとの話しもそっちのけにの方へ向き返った。はそれを見てケラケラ笑っている。
「だって、悪戯も楽しいこともしらないし。なにより接し方からしてそんな感じ!」
腹をかかえながら言うに、「悪戯は必要ありません」とエルレインがつっこみ、後ろではバルバトスがにやりと笑っていた。
「だーってねぇ〜〜??ププー!」
「失礼なっ。神官たちとだって上手くやっているし、誰も仲の悪いものなどいません」
「でもそれって、友達じゃないだろ?ていうかカイルとかカルバレイスの人たちはどうなのさ?」
「それは別です」
笑いながらも次々痛い言葉をだしてくるに、エルレインはそっぽを向いた。
バルバトスもミクトランも元々の性格からか、助けようともしない。
まだけらけら笑っているにエルレインが「いい加減にしなさい」と怒ったように声をかけると、は「悪ぃ悪ぃ」と笑いすぎででた涙を拭きながらなんとか笑いを止めた。
「じゃあさ、俺が友達になってやるよ。ミクトランもバトもねー」
「断る」
「俺もそんなものいらん」
「うわ!性格悪い捻くれもののへそ曲がり!」
即答で断ってきた二人にが思わず本音を言うと、バルバトスもミクトランも大人気なく耳をひっぱったり頭をゲンコツでぐりぐり押したりと、なんともいえない攻撃をしかけてきた。
はぎにゃあっと叫ぶばかりだ。
エルレインはしばらく黙っていたが、その内顔を上げると「必要ありません」と静かに返してきた。はシメられたままお?とエルレインを見上げた。
「私は神の代理者。人を幸せへと導き、そして守る者。その人と、友達だなんて・・・」
「別にいいじゃん、人だろうとなんだろうと。頭固いなー。大体幸せに導くとか守るとかさ、言える立場じゃないでしょ?なにができるっての」
「だからこうして」
エルレインの言葉にむっとしながらが言い返すと、エルレインもむっとしながら言い返そうとしてきた。だが、に途中で遮られ、何もいえないまま口をつぐんでしまった。
「大きな力を使えるからって、守りきれるとは限らないでしょ?こうやって世の中壊そうとしてるバカもいれば」
「おい」
「使いこなせないで、自滅するものもいる。津波が起きたときには波を返す〜とかできるかもしれないけどさ、地面が割れてなくなってしまったら?重力が消えたら?空気がなくなったら?人という人を、全部おまえは守れる?」
「・・・・」
話がでかすぎです、ともつっこまず、エルレインは無言での顔を見た。は「できないだろ?」と肩を竦ませるばかりだ。
「もともと人なんてこの世界自体に守られてるんだから、いらないんだよそんなの。そりゃ幸せになりたいって思うのは常日頃だろうけどさ、人間だけが幸せになったってどうしようもないじゃん。周りの動物たちはどうなる?その幸せになりたいって欲が進んで、進化した結果が、俺のいた世界だ。お前だって見ただろ、あの息詰まりそうな状況」
「・・・ええ」
「お前が作ろうとしてる世界と、俺の言ってる世界の観念が違うのも分かってるよ。お前は夢で全て終わらせようとしてるもんね。でも、それじゃあ命の循環は誰がするの?お前が自分で人を生み出す?それとも神が?どっちにしたって、子供生むためだけに夢から覚まされた人は良い迷惑だろうけど」
と、肩を竦ませたに、エルレインは「それは後からいくらでも策が出せます」とさらりと答えた。実際、今の話を聞いてした不満そうな顔を見る限り、もう策はあるのだろうが。
とにかく、とはそんなエルレインを見てため息をつくと、シメでも言うかのようにずばっとエルレインを指差した。
「結局人は、土がなくては生きられないのよっ」
「誰の真似だ誰の」
「あれ?シータの台詞ってこれじゃなかったっけ?土の上でしかいきられないのよっ、だっけ?」
言ってしまえばどうだっていい。最後の最後にボケてきたに、全員がため息をつき、エルレインは肩を落とした。
さほど動じても怒りもしないバルバトスとミクトランを見ると、今までもこんな風なオチが何度かあったのだろう。慣れか。
しらける周りの反応に、ただ一人は「なに?今のつまんなかった!?すべった!?」とまだ続けている。
「もういいです・・・まともに聞いていた私がばかでした」
「なんだよそれー。良い話じゃないかっ。最後のオチが特に」
「最後のオチがとくにダメだろう」
喋る気も失せたらしいエルレインの変わりにバルバトスがつっこむと、は「なにぃ!」と声をあげた。エルレインは本当に疲れている。
「笑えよ〜。変な話しバッカしてたんじゃ、肩こるじゃん!」
「その考えにいい加減こりてほしいがな」
「バカいえ!素敵な思考回路だろうが!ショート寸前だ!」
良いのか悪いのか分からん。等々。バルバトスと変なやりとりをするから離れると、エルレインは壁によりかかってため息をついた。
「疲れているならあいつの相手でもしてくればいい」
「余計に疲れます」
「たまには運動も必要だ」
というミクトランは、かなり楽しそうだ。本当に、厄介なことだけはすぐに身についてくれる。
エルレインがさらにため息をついていると、がバルバトスから逃げながら駆けてきた。
「エルレインも遊ぼう!」
「もをつけるな。俺は遊んでいたわけじゃない」
「他から見ると遊びに見えたぞ」
「・・・もう勘弁してくれ」
ぎゃーぎゃーとがエルレインを引っ張って騒ぐ横で、バルバトスは疲れたように肩をおとした。ミクトランはフッと鼻で笑っている。
結局遊びに付き合わされることになったエルレインは、とまどいながらもに無理矢理遊ばされた。
「あー!空とぶなよ!」
「フフフッ、ここなら捕まらないでしょう」
さー休もう休もうと悠々としてるエルレインに、は下で跳ねながらギャーギャーと抗議だ。
どうやら鬼ごっこをしていたらしい。片方かなりやる気無しだ。無理矢理なのはいうまでもない。
ミクトランもバルバトスも煩さに慣れたのか、どうでもよさそうに自分のやりたいことをしている。
そんな二人に、くすくすと、後ろから笑い声が聞こえた時だった。
ビュォォオオオオッッッともの凄い風が吹き、物というものが吹き飛んだ。
「・・・貴様ら!」
まず最初に思い切り怒鳴ったのは、バルバトスだった。体中に紙が張り付いている。
そんな普通なら震え上がりそうなバルバトスの剣幕にも、は大爆笑だ。
その後、書類を片付けていたらしいミクトランもわなわなと肩を戦慄かせ、とうとう怒り出した。
「きゃはははははは!ミクラトンが怒ったー!」
「身体に悪いですよ、ミクラトン」
「殺すぞ貴様ら」
トとラが違う!と、バルバトス以上に殺気を撒き散らすミクトランにも、は大笑いしエルレインも微笑むばかりだ。
こわーい!とわざとらしい声をだすと、はレンズ片手に「エルレイン、元に戻しちゃって!」とエルレインに声をかけた。
ぱっとエルレインが手をだすと散らばったものというものは元の場所に戻り、何事もなかったかのように部屋はすっきりした。
は拍手しながら「さっすがー!」と大喜びだ。
「エルレインいると助かるわ〜」
「私は便利やですか」
「そんな言葉、いいっこなーしよ♪」
ずっころばしの要領で言うに、エルレインは肩をすくめるだけだ。バルバトスとミクトランはどうすることもできず固まったままでいる。
そろそろ行かなくては、というエルレインにが「えーー」と不満たらたらな声をだすと、「バルバトスにでも相手をしてもらいなさい」と言ってさっさとミクトランの方に歩き始めた。
そんなエルレインに「あ、なあ」と声をかけると、はにっと悪戯っぽく笑った。
「幸せについて、分かった?」
「今までの行動とそれと、何の関係があるのですか」
「わかんないの〜〜?もう、だめだなぁー」
「なら、説明してみなさい」
なんだよーとわざとらしくため息をつくにエルレインがむっとしながら聞き返すと、はちちちっと指を振った。
「言葉で表そうとしてる時点で、不正解」
「・・・」
の言葉を聞いて、エルレインは怪訝な顔をした。結局そんなオチか、とバルバトスやミクトランにつっこまれたは、「バカいえ!俺の言葉は全て名言だ!」と、絶対にありえないとつっこみがきそうな返事をかえしていた。
「まったく、本当にお前は・・・」
「なんだよー。幸せって、感じるものだろ!」
ガキめガキめといじめられているだが、エルレインはの言葉を聞くとしばらく沈黙した。
「・・・。今のでそれを感じられるのは、あなたくらいでしょうね」
「うわー!めちゃくちゃ馬鹿にされたよ!今の楽しかっただろー!?」
「元々馬鹿だろ」
ハッ、と嘲笑するようにエルレインに言われたは、頬を引っ張られたり腕を反対側に回されたりしながら言い返し、さらにミクトランにつっこみ返された。
いらんこというな!とさらに言い返しているの横を通り過ぎ、エルレインはペンダントを使って空間移動を始めた。
「ミクトラン」
「なんだ」
現れた光に吸い込まれる寸前、エルレインは小さな声でミクトランに話しかけた。ミクトランは光を鬱陶しそうに手で隠しながら一応返事をかえしてくる。
エルレインは目線を変えず光に向けたまま、同じく小さな声で言葉を続けた。
「もうすぐです。・・・その子を部屋へ入れておきなさい」
「・・・。情でも移ったか」
「いくら悪戯がすきで頭が悪い子でも、神はご加護をくれます。・・・あの子は人の死を見すぎました」
「フン・・・収まりきらんと思うがな」
入れておく、ということで了承を得たと取った言葉としたのか、エルレインはさっさと光の中に入っていった。
は相変わらずバルバトスにつっかかっていじめかえされ言葉で返されている。
光がなくなったころになって、ようやくは「エルレイン帰ったの?!」と声を上げていた。
エルレインがいなくなって数時間後。
きりのいいところまで仕事を終えたのか、ミクトランは仮眠を取りにいつもならに取られている自室に入っていた。
久々のベッドの感触が気持ちよかったのか、疲れの所為か、横になってすぐ、意識は遠のいていった。
ずっと深いねむりに入って、どれだけたったころだろうか。ほんの数分にしか感じられないようなうちに、ミクトランは額に違和感を感じた。
「・・・」
くすぐったいような、風の感触が簡単にわかるような。ついでに、さりげなくきゅっきゅっという音が聞こえ、シンナー臭いきもする。
「・・・・・・なにをやってるんだ」
「あ。起きちゃった?」
嫌々ながら目を開けてみると、すぐ目の前にのアップ。覗き込まれている状態だが、手にはマジックが握られている。
何なんだ、とミクトランが怪訝な顔をしていると、は「あははははー」と乾いた笑いをした。
「いやー。本当はアナタ〜v起きて〜〜vとかやろうとしたんだけど、やったら殺されそうだな〜と思って☆」
「まず間違いなく明日の太陽は拝ませない」
てへっ、といながら頭に手をやるに、寝起きで不機嫌な声を返しながら起き上がると、ミクトランは一つため息をついた。
「あ、寝癖立ってる。かーわい〜っ」
「かまうな」
失態を見せるようでたまらず、ミクトランがキッと睨みながら言ったが、は気にせず「まあまあ」と笑いながら髪を撫で付けてくる。
「あ、直った。すぐ直るんだ、面白〜い」
ムスッとしているミクトランに構わず、は面白がって色々と構い始めた。
そこで「いい加減にしろ」とミクトランが止めに入ると、は素直に「はーい」と言ってさっさとベッドを降りて行った。
「あ、そうだ忘れてた。今ね、兵士さんがご飯運んできてくれたよ」
「用事を忘れるな馬鹿者が」
部屋から出る寸前に用事を思い出したに、ミクトランは顔をしかめながらつっこみを入れた。それを笑って流すと、は「ご飯だー!」とさっさと出ていった。向こうの部屋からバルバトスの「騒ぐな鬱陶しい」という声が聞こえてくる。
「はぁ・・・」
ため息をつくと、ミクトランはベッドから降りた。そのまま食事を取りに行こうかとして、ふと、思いとどまる。
先ほどのの行動はなんだったのか。
嫌な予感がして、ミクトランは洗面台までいき、鏡を覗き込んだ。覗き込んで、絶句した。
「・・・・・クソガキ!!!」
あまりの怒りにその場で叫んだミクトランの声は、向こうの部屋までしっかり聞こえていたらしい。の馬鹿笑いが聞こえる。
してやられたミクトランはさっさと顔をあらい、額にあったモノを消すと、殺気に満ちた顔をそのままに隣の部屋へ移動した。
「貴様・・・」
「あーははははっ!最高ー!よかったでしょっ?」
「額に“殿上王”と書かれて誰が喜ぶかっ」
「いいじゃん宮廷貴族〜☆グギャッ!」
まったくもってに反省の色はない。というか、あまりのアホさ加減にむしろ痛いところが嫌な悪戯だ。
あまりの怒りでか、いつもならむせそうなあたりでやめるヘッドロックを、今日は死ぬ一歩手前までかけてミクトランは椅子にすわった。
は倒れている。
「・・・大変だな」
「お前が変われ、世話係」
だから飼育係じゃない、とつっこむバルバトスだったが、結局、二人で飼育しているようなものだということにミクトランも誰も気付かなかった。
が眠った後、まだ起きていたミクトランは、またも現れたエルレインと明日についての話をしていた。
「明日、地上軍がせめてきます。その時は・・・・」
「分かっている。だがいいのか?バルバトスがなにをするかわからないぞ」
「あの男は私に逆らえません。それより、準備の方は整っているのですか?」
失礼なことにフンと鼻で笑うと、それからエルレインは鋭い視線をミクトランに投げた。
ミクトランの方は余裕の笑みを浮かべると、椅子に深々座ってため息をついた。
「なんとかな。どこかのガキの所為で少々遅れたが・・・」
「アレですか・・・」
「むしろ、地上軍に渡しておいた方がよかったんじゃないのか?」
エルレインも問題要素のことを思い出したのか、顔をしかめたミクトランとにたような顔をした。それを見たミクトランがいぶかしげな顔をしながらつっこむと、エルレインは首を横に振った。
「死なれては困ります。まだまだ使える要素はあるのだから・・・」
「そう思っているとは思えんがな。本当に情が移ったんじゃないのか?」
「あなたにだけは言われたくありません。なにより、しっかりと薬は飲ませたのでしょうね?」
「あれだけ野生に近いとさすがに苦労はした。ソレらしいものが入っているものには無意識に手をつけていなかったからな。まぁ、ラムネと称して食わせればなんのこともない」
「・・・・悪戯がすっかり身につきましたね」
「これは悪戯とは違うだろうが」
呆れたような顔をするエルレインに、ミクトランが睨みながらつっこみを入れた。
次の日が起きたのは、お昼をすぎてからだった。やけに煩い周りの声に、鉛でも入ってるかのように重たい頭をなんとか覚まして起き上がった。
「んー・・・ぅ。なんだあ?今日はやけに寝たな。っていうか煩ぇー」
なんだよなんだよ。とあくびをしながら窓の外を見ると、何故だか飛行竜があちこちに飛び回っている。慌しいのは外も中もらしい。
どういうことだ?と急に回転を始めた頭で、ミクトランたちのいつもいる部屋に出ようとしてまず足を止めた。
「・・・。せめて顔洗ってこ」
どうせアトワイトたちを助けに地上軍が責めてきたのだろう、と勝手に解釈し、は洗面台へ行って、絶句した。
今は用意された着替えの中にあった、半そでのTシャツをきている。そのシャツはなんでもなかったのだが、どう見ても、首に違和感がある。
「・・・・んじゃこりゃーーー!!?」
首の根元辺りに赤い後。・・・かなり考えたくない事態が予想される。
青くなったは、身体に異常の無いことを考え直した上で、急いで顔を洗った。それからすぐに着替え、バターンと大きな音を立てながら隣の部屋へ続く扉を開けた。
「テメェコラ自称王野郎ーーー!!!」
「遅いおめざめだな」
「てゆーか問題そこじゃないしね?!」
ギャー!と叫びながら部屋に入ってきたに、ミクトランはにやりと笑いながら振り返った。つっこみを入れ返してくることすら笑っている。
「別にキスマークと決まったわけでは無いだろう」
「言うなーー!!鳥肌立つー!どこかに吸盤でもないのかっ。きっとあるはずだ〜〜〜そうに違いないんだ〜〜〜〜っっ」
本当はどちらか・・・・は、想像に任せよう。
が、面白そうに笑っているミクトランにギャーギャーと抗議していると、シャッという音と共にバルバトスが入ってきた。
「なんだ、遅く起きてきたと思ったら・・・やはり鬱陶しいな」
「バトー!うーばーわーれーたーーーー!!!」
「・・・・とうとう子供にまで手をだしたのか?」
「真に受けるな」
今まで絶対にしなかったことだが、とうとう泣きつくにまで至ったを見て、バルバトスが思わずミクトランに問いかけた。
誰がやるか、これが証拠だ、見せるな、とやり取りをしている間に、外からは騒音と通信機からの声が流れた。
ミクトランはそれに耳を向けるとすぐに顔を元に戻し、バルバトスに「下層部を見てこい」と指示をだした。
下っ端にやらせればいいような仕事を言いつけられたバルバトスはむっとしたが、歯向かうこともせず、さっさと部屋を出て行った。
「お前はそこにでも入っていろ」
「えー、なんで?みんながくるかもしれないのに」
「万が一逃げられでもしたら面倒だ。さっさと入れ」
「嫌だー」
何度も言い合っているうちにめんどくさくなったのか、聞き分けの無いにミクトランはため息をつき、手をかざした。
何事だ?と首をかしげていたは、その内味わったことのあるぴきっと固まるような感覚に、思わず表情をこわばらせた。
「つい最近開発してな・・・こちらから力を加えて脳の働きを鈍くしたり・・・操作できる術だ。どうだ、動けまい」
「フ・・・・フンっ、これよりも酷いのを・・・前に一度受けたことがあってねっ」
「ほぅ、まだ動けるか。大した根性だ」
ということはもう少し改良する余地があるか、と一人ミクトランが納得し、さらに手に力を込めたときだった。コンピューターの大きな画面が急についた。
「・・・おや、もうつながってしまったようだな」
『ミクトラン!?それに、!どういうことだ!』
「みん・・・っな!」
画面に映ったのは、ラディスロウの会議室。リトラーを筆頭に、ソーディアンチームからハロルドから、全員がこちらを見ている。
少し喋りづらいようだが、はコンピューターに映った地上軍の面々を見て顔を輝かせた。
「やあ諸君。久しぶりだな。最後の別れの前にそちらの信号をいじらせていただいたよ」
『貴様っ・・・!』
『!あんた大丈夫なの!』
苦々しそうに顔を歪めたリトラーの後ろから、ハロルドが跳ねながら声を上げてきた。は「ハロルド!」と返事をしたが、上手く身体が動かせず、画面に近づけない。ミクトランはにやりと笑うと、「大した余裕だな」と楽しそうにつぶやいた。
「もうすぐお別れだ、諸君。この戦いの幕は閉じる。天上軍の勝利によって・・・」
『ふざけるな!貴様のようなやつに、誰が負けるか!』
「もう遅いのだよ、ディムロス。カウントダウンはもう始まっている」
と、ミクトランたちが話している中、は画面の中を隅々まで見回した。そこでぱっと頭が真っ白になる。
彼らが、いない。
「ハロルド!ジューダスたちは・・!?」
『は?ジューダス?誰よそれ』
『リトラー様!ベルクラントが!』
の問いかけにハロルドが首をかしげた瞬間、奥にある扉から兵士が入ってきた。その兵士の言葉を聞いて、はハッと顔を驚愕に染めた。ベルクラントとはどういうことか。もしかしてラディスロウを動かしてこちらに向かっているのか。だとしたら・・・・。
瞬間、は画面まで走ってバンッと手をついていた。
「みんな、逃げて!!」
『っ』
シャルティエが名を呼び、後ろでミクトランが舌打ちをしてに近づいたところで、ドンッ、という振動がした。画面の向こうではハロルドが『リトラー!今すぐ進路を変えて!』『もう遅い!』と小さく混乱がおきている。
ハロルド、と叫ぼうとして、は変わりに大きく息をすった。言葉がでなかった。
一瞬、画面が真っ白に染まった。それだけ見えて、あとはミクトランに目の前に手をだされてしまった。
白くそまった画面からは、今度はザーという砂嵐の音しか聞こえてこない。は目を隠されたまま、固まっている。
「・・・・だから部屋に入っていろといったんだ。この戦いは、我々が勝利した」
「・・・・そ・・・んな・・・」
が聞こえるか聞こえないかの小さな声で返事をすると、ミクトランは手をスッと離して後ろへ歩いていった。
廊下の方から、走る足音が聞こえる。
シャっという音と共に入ってきたのは、息を切らせたバルバトスだった。
「どういうことだ!!」
「見ての通りだ。この戦いは我々天上軍が勝利した」
「違う!」
そういうことをいっているのではない!と叫ぶバルバトスの声も、には遠くに聞こえた。ミクトランは煩く喚くバルバトスを見ても無表情だ。
ゆっくりと二人の方へ振り向いたは、窓の外。地上から淡い青い光が発せられているのを見た。瞬間、止まっていた思考は一気に動き始めた。
「バルバトス!エルレインのところへ行こう!連れてって!奴は下にいる!」
「なるほどあの女の仕業か!いいだろう、お前も連れていってやる」
「待て、なにをする気だ」
今のは無しだ、と言って過去にとび、歴史を変えられては困ると、ミクトランは二人を止めようとした。しかし、二人は止められないらしい。
「そんなもの決まっている!」
「下克上じゃ!!!」
「おいっ」
どこか違う答えを返してきただったが、バルバトスは冷静さを失っており、つっこみも何も入らなかった。
ミクトランが何か言う前に、二人はさっさと黒い光の中に消えていった。
続く
−−−−−−−−−−−−−−−−−
まぁーた微妙な上に微妙なところで終わりましたね〜〜。
ていうか・・・ミクトラン壊れすぎ。でもそんなところも素敵だ38歳(待て)
さ、最後の悪戯だけは・・・!!!止めて欲しかったッスね。俺としてはキスマーク推薦。(帰れ)
さーてこういう進み具合って誰か想像してくれた方はいたかなー?ウフフー(怖)
バルバトスがなんだかんだいって痛いですね〜〜。ミクは悪戯し放題され放題。そしてエルレインまでとうとう・・・・(やめろよ)
本当に、なんでもありになってきちゃったな。そろそろ初心にもどらなくては・・・というか、どうも前から調子が変だと思ってたらスランプだ。
・・・ではでは、ここまで読んでくださった方、ありがとうございました〜〜