1000年前からハロルドまで仲間に入れて、私たちは先の騒乱時代に飛んできた。
歴史の変わる瞬間。
スタンさんたちの戦いは生憎見れなかったけど、まだ若くて元気だった頃のスタンさんが見れて、カイルたちははしゃいでいた。
ジューダスも、嬉しそうだし。
けど、宣言したとおり神の眼の前でバルバトスが現れた。
やっぱり、私たちを待っていたみたい。
「英雄ごっこは終わりだ!貴様らはここで死ぬ。この俺と共にな!」
ボロボロなバルバトスは、やっぱり死ぬつもりで戦うらしい。
どこまで好きなのよ、もう!
エルレインも性格悪いけど、一緒にいるこいつも頭おかしいわ。
苦戦はしたけど、バルバトスはなんとか倒せた。
倒せたんだけど・・・。
「もう何処にも逃げ場はない。覚悟しろ、バルバトス!」
「・・・ク、ククク・・・・・・覚悟しろだと!?貴様のような小僧が、俺を倒すだと!?」
狂ったように笑い出すバルバトス。
正直気味が悪くて仕方ない。
なんであの人、こんなヤツ傍に置いて置けたんだろう。
なんて思っていたんだけど・・・急に、狂気じみてたバルバトスの目が酷く凪ぐ。
どうしてこの人は、今更こんな目をするんだろう。
「所詮お前たちは、あの女の手のひらで踊らされているだけなのだ」
「どういうこと?」
心底おかしそうに笑うバルバトス。
また見える狂気に、酷く切ない気持ちにさせられた。
この人はエルレインのなにを知ってる?
エルレインは、一体何をしようとしてるの?
何を考えてるの?
怪訝な顔をしたハロルドに、バルバトスは顔を向けてまた笑う。
心底、楽しそうに。
「かの天才様でも分からないか・・・。全ては計画通りだ。お前らには、決してあいつを越えることは出来ないだろうよ!!」
お腹の底から吼えるように大声を出して、笑うバルバトス。
どうしてこんなに切ない気持ちになるのか。
どうしてこんなに悲しい気持ちになるのか。
バルバトスは・・・エルレインを・・・憂いてる?
「どういうことだ?言え!バルバトス!」
「ふははははは!!無駄だカイル!すでに匙は投げられた。いや、投げられていたと言ったほうが正しいか・・・」
「ヤツは何を考えている」
ジューダスがぎらぎら睨みをきかせても、バルバトスはまったく動じない。
それどころか益々楽しそうに笑うばかりだ。
「貴様らには分かるはずがない。俺は教える気もない。所詮お前たちは・・・」
そこまで言って、バルバトスは黙り込む。
なにそのここ一番!てところでやめる喋り方!エルレインそっくり!(意地悪加減が)
目を伏せたバルバトスが、本当に悲しんでるように見えて驚いたけど。
「あの女の手のひらの上で、命の限りあがくがいい。だが、お前たちにはアイツを越えることなど・・・出来はしない」
「やってみせる!!エルレインを倒して、みんなの世界を取り戻すんだ!!」
カイルが叫び返しても、まるで相手にならないみたいに笑う。
何がそんなに可笑しいのか。
今のバルバトスは、エルレイン並に分からない。
「お前たちに変えられることなど何一つありはしない!!よく覚えておくんだな・・・」
カイルに笑みを向けていたバルバトスが、私を見る。
今の言葉は、私に向けたということ?
・・・喧嘩、売られたって取っていいのかな・・・。
そんなことを考えてる間に、バルバトスは神の眼につっこんで自殺した。
引っ掻き回すだけ引っ掻き回して、なんて自分勝手な人。
一つ壁がなくなったっていうのに、全然心が晴れなかった。
とにかくハイデルベルグに戻ろうってことになって、神の眼を使って移動をする。
シャルティエを無くしたジューダスは凹んでいたようだけど、それよりもバルバトスの言葉が気になるってずっとぼやいてた。
確かに、気になる。
けど今はつかの間の休息を大事にしようって話がまとまって、私たちは解散した。
・・・エルレインのおかげで本当につかの間だったけど!
今度こそ本当に、最後の闘いになる気がする。
だから、カイルにエルレインを必ず止めると誓ってもらった。
多分、後々嫌がられる。
けれど仕方が無い。これが、私の選んだ道。
私もあなたも、そしてフォルトゥナも本当はいらなかったの。
こんな考えしか浮かばない私は、聖女じゃないなんていわれるかもしれない。
けれど私は胸を張って言う。
これが正しい道だって。
「私がたどりついた答えが、私を聖女にするんでしょう?」
幸せってなんだろう。
答えってなんだろう。
聖女ってなんだろう。
ずっとずっと考えてきた。
エルレインも、考えたのかな。
私たちは確かにそれぞれ違う道を選んだ。あなたの、言ったとおり。
けれど私は、どうしてもあなたを、最後まで憎めはしない気がする。
誰よりも私に近い、私と同じ存在。
同じ苦しみの中で生きてきたはずなの。
・・・違いそうな気もするけど。
私たちがただの人間だったら、きっと仲の良い姉妹だったんじゃないかなって何度も思った。
私は、あの頃のエルレインに戻って欲しい。
捻くれてるけど根は優しくて、引っ掻き回すけど笑顔に変えてくれる・・・めんどくさがっても、みんなの幸福を選んでいたエルレイン。
あの時の貴方は、まだ残っていると信じてる。
「そこまでだ!!」
巨大なレンズを前に暗い光に包まれたエルレイン。
お前たちか、と淡々とした声を上げて振り向いた彼女は、人形の顔をしていた。
悲しいと思う。
バルバトスは、こんなエルレインを見てどう思っていたのかな。
本当はエルレインの事を助けたかったんじゃないかって思う。
・・・ただあの人がお兄さんになったら私、家出するけど。(あれ?話を進めすぎかな)
「もはや時はすぎた。すでに矢は放たれようとしている」
「矢を放つ・・・?どういう意味だ!」
わけがわからない。
バルバトスが言っていた匙は投げられたって、このことだろうか。
それじゃあ辻褄があわないけど。
「千年前、星を射抜いた光の矢。その輝きを、今再び・・・!」
わけがわからないまま、エルレインが何かを発動させる。
ハロルドがずっと頭を捻ってるみたいだけど、他みんなはあまりの眩しさに目をかばった。
「私は人々を幸せに導く、全てのものを救う・・・そのために、全てを破壊するのだ。全てを破壊し、そのエネルギーによって神を光臨させ、絶対の幸福を実現させる!」
「明らかに理論が破綻してるわね」
声高らかに、若干自分に酔っちゃってるエルレインにあっさりハロルドがつっこむ。
さすがは天才博士。
ジューダス並に冴えたつっこみだわ。
「救うために破壊する?そんなこと、ありえないわ」
「私は間違ってなどいない!」
珍しく取り乱すエルレイン。
ふざけてつっこまれてとりみだす、なんてよくあったことだけど。
本当に人形じみていて、笑えないのよ。ちっとも。
「全てを救うために、全てを破壊する。そんなことが許されるとしたら・・・俺たちはなんだ!神にとって、俺たち人間は、いったいなんなんだ!」
「・・・神によって救われるべく、儚く、哀れで、愛おしい存在。それ以上でも、それ以下でも」
「ふざけるな!」
エルレインの人形のような声をさえぎって、カイルが叫ぶ。
ねぇエルレイン。
こんなにも生き生きしているカイルたちを見て、なんとも思わないの?
あの人形のような人たちに囲まれて、あなたはなんとも思わない?
心を閉ざしたままじゃ何も見えないというのに。
「俺はずっと、この目で見てきた。歴史を築いた人たちの強さを!人が生きた証として、積み重ねられていく歴史を!それを消すなんて事、誰にもさせはしない!」
カイルの言葉に、私は頷く。
エルレインは表情を緩めて、カイルに微笑み返した。
「案ずることはない。お前達が全て死に絶えたとしても、完全神の光臨さえはたされれば、新たなる人類を生み出すことができる。そして新たなる人類は、完全なる世界で、完全な幸福を手にすることができる。今こそ人類自身のために、全てをふりだしにもどすべきなのだ」
「歴史の破壊が人のためだと・・・・・・!?冗談じゃないッ!」
「愚かな・・・まだ分からないのか?」
カイルの言葉は、彼女には届かないんだ。
どうしてここまでなってしまったんだろう。
私がずっと傍にいれば、変わったのかもしれない。
・・・いいえ、あの時のままの私じゃ、何もかえられはしなかった。
あなたが指摘したとおり、未熟だった私には。
でも、それだったら、今の私を見て変わってくれないの?エルレイン。
「人は神の力によってのみ、全ての不幸から逃れ、絶対の幸福を手にすることが出来る。なぜ、その真理を認めようとしない?」
「絶対の幸せなんて、この世にない!!」
その通りだ。
私たちは、最初から間違っていたんだ。
「苦しみや悲しみがあるからこそ、人は幸せになりたいと願う!それを自分の力で掴もうとする!本当の幸せは、幸せを探して生きる毎日の中にある。人はそうやって、歴史を築いていくんだ!」
「・・・・・これ以上話しても、無駄のようだな」
「・・・どうして分かってくれないの、エルレイン!!」
気付いたら叫んでた。
ううん、ずっと話す機会を待ってた。
真正面から向き合って話せば、そうして話さなければ、伝わるわけが無いってもう分かってる。
前の私じゃない。
「正しい形じゃないって言葉の意味、ようやく分かった!貴方の言ってた矛盾も、今の私なら理解できる。ねぇエルレイン、あなただって分かってるはずよ。こんな方法正しくないって!人々は、絶対の幸福なんて望んではいないって!」
一番最初にそのことを教えてくれたのは、他でもないエルレインだった。
そのエルレインが分からないわけがないのに。
人形の顔が崩れたエルレインは、きょとんとすると微笑んだ。
それこそ、私の知っているエルレインだ。
「そう。ようやく分かったんだ、リアラ」
「ええ!だからエルレイン・・・!」
「けどもう遅いんだよ」
笑いながら、エルレインは首を振る。
ようやく昔のエルレインになったのに、どうして・・・!?
エルレインの背後から、白く真っ直ぐな光が登る。
今までにない、強大な力。
ハロルドが推測した通りなら、隕石が墜落して・・・その力で神が蘇ってしまう。
エルレインは目を細めて、光の柱を見上げた。
「矢は放たれた。これを止めることは、君達に出来はしない」
「できる!お前を倒して、衝突をとめてみせる!」
「今ここにいる私を倒したところで、何の意味もない。私は神より生まれしもの。何度でも生まれ変わり完全なる世界を作り上げるよ」
「なら・・・神を殺す!」
カイルの言葉に、エルレインが反応する。
目だけを細めてカイルを・・・私を、見た。
「そして、二度とお前が生まれないようにしてやる!」
カイルの声が部屋中に響く。
目を閉じたエルレインは、口を歪ませた。
「神を殺す・・・か。やはり真実は告げられなかったようだね、リアラ・・・」
「・・・真実?」
エルレインが私を哀れんだ顔で見てくる。
やめてほしい。
それを言ったら、カイルは迷ってしまう。
「なら私が変わりに教えてやろう。リアラと私は・・・」
「やめてエルレイン!」
エルレインと目が合う。
やめて、くれない。
「リアラと私は神だ」
わざと響く声でエルレインが言う。
そんな演出いらない!なんて、前だったら、こんな状況じゃなかったらつっこめたんだけど。
カイルたちが固まってる。
私を見て。
「だから神を殺せば・・・私と共に、リアラも死ぬ」
「ウ、ウソだッ!!リアラが神だなんて・・・そんなことありえない!!」
「だまされるなカイル、でたらめだ、でたらめに決まってる!」
「信じるかどうかは、君達の自由。けど、真実は一つだ」
下ろした髪を手で払いながら、エルレインが祭壇の階段を下ってくる。
言葉を蹴られたロニは、悔しそうにエルレインを睨んだ。
カイルが真っ青な顔を私に向けてくる。
「ウソだよな、リアラ?君が神だなんて!?エルレインがでまかせ言ってんだよな!!」
「・・・」
「お願いだ、ウソだって言ってくれ!」
カイルの声に、私は答えることが出来ない。
どうせだったら、言わないでくれたらよかったのに。
目の前までやってきたエルレインを睨めば、エルレインが目を細めた。
「隠していてもいつかは明るみに出る。そうして遠回りばかり選んで、得られたものは今まであった?」
「・・・」
昔の、エルレインだ。
ふざけてるようで核心をついてくる。
どうして今そんなことを言うの。
どうして今更、そんな態度を取るの。
「願えばかなう」
「・・・え?」
酷く小さな声でささやかれた。
なにを願えというのか。
カイルに神を倒して欲しいって?
確かに、願ってはいるけど。
私の願いは、それだけじゃない。
「つかの間の時を楽しむといい。この世界が消えても、私たちが聖女である限り、私たちは消えはしない」
「っカイルがいない世界なんて・・・!!」
「・・・最後の時を過ごしなさい」
目を細めたエルレインが姿を消す。
一体何がしたい。
一体何を望んでる?
フォルトゥナの復活なんて、何の意味も無いのに。
自分たちが死なないために、こんなことをしていたの?
「ここにいてもラチがあかない。とにかく、帰ろう・・・」
ジューダスの声に、みんながのろのろ動き始める。
全員がそばに寄ってきたのを確認して、私は力を解放させた。
その後そこに再びエルレインが姿を現してたことなんて、知りもしないで。
「・・・どうしてどいつもこいつも勝手なことをするのか。命令違反だ、ガープ」
「ふっ・・・・・・我らは・・・あなたの・・・下僕では・・・ない」
眉根を寄せながらしゃがみこむエルレインに、ガープがかすれた声を上げる。
エルレインはさらに顔をしかめた。
うっすら開いた目を緩ませて、ガープはエルレインに手を伸ばす。
エルレインは、ぎゅっとその手を握り締めた。
「どう・・・しようが・・・勝手、だ・・・」
「・・・バカな奴ら。どうせ全部なかったことになるのに」
なんでそんな一生懸命になってんだ、とエルレインは首を振る。
ふ、と、ガープが息をついて笑った。
「あなたの・・・力に・・・」
「一人でもどうにでもなった」
「・・・や。あなたは・・・弱い・・・」
ガープの言葉に、エルレインがむっとする。
睨まれたガープは、可笑しそうに顔を歪ませて目を閉じた。
「なにも・・・できない・・・自分、が・・・」
ぽつりと、ガープが声を上げる。
「ぃや・・・で・・・・・・無力・・・が・・・悔し・・・く・・・て・・・皆・・・」
は、と息を吸って苦しそうに顔を歪ませる。
そっと胸の上にエルレインが手を置くと、その手に力なく手を沿え、また微笑んだ。
「力・・・の限り・・・生き・・・て・・・」
ガープの呼吸が、どんどんと細くなっていく。
エルレインは顔を歪ませて、ぎゅっとガープの手を握った。
「・・・ここ・・・まで・・・幸せ・・・で・・・」
声が止まる。
細くなっていた呼吸も、心臓の動きも止まった。
じっとガープを見つめていたエルレインは、震えながら目を閉じる。
掴んでいたガープの手を両手で包むと、頭を下げて祈るように動きを止めた。
ガープの体が光り始める。
細かな光の粒子になってガープが消えた後も、エルレインはそのままの姿で、じっと目を閉じていた。
「・・・逝ったか」
黒い光の中から、バルバトスが現れる。
エルレインは一言も返事を返さず、白くなるほど握り締めた両手に額をつけた。
しゃがみこんだバルバトスが、そっとエルレインの頭を撫でる。
ぐすっと一度鼻をすすったエルレインは、また震えた。
息をついて、バルバトスはエルレインの頭を抱く。
肩を撫でれば、鼻をすする回数が増えた。
「・・・レイン」
「・・・なんでみんな勝手なことすんの。誰もっ・・・こんなことしろなんて言ってないのに。護衛なんていらないって言ってるのにっ!」
バルバトスが声をかければ、畳み掛けるようにエルレインが愚痴り出す。
両手を握り締めたままヒステリックを起こすエルレインを見て、バルバトスは苦笑した。
「誰もっ・・・死ぬまで戦えなんて言ってないだろ・・・!」
「あいつらは力になりたかったんだろう。宗教団体としての役割を履き違えていた教団を変えた、お前に、心から力になりたいと願っていたんだ」
「だったら別の方向で役に立てってんだよ下僕の分際で!!なに、勝手なことばっかり・・・!書類の一つもろくに片付けられないくせに!」
「あの処理能力は確かに酷かったな」
完全に愚痴を吐くエルレインに、バルバトスは首を振りながら相槌を返す。
あの筋肉バカだのもうろくジジイ歳考えろだの犬モドキだの。
罵倒するだけ罵倒したエルレインは、鼻をすすって頭をふった。
「私なんて構ってないで、自分たちで人助けしてりゃいいだろうがよっ・・・だから下僕どまりなんだ、下僕ども!」
まだ悪態をつくエルレインに、バルバトスはまた苦笑する。
ずっと震えていたエルレインは、息をついて肩の力を抜いた。
「・・・ばかやろう」
最後まで罵るエルレインを見て、バルバトスは笑う。
軽く背中を叩くと、力任せに抱き上げて、黒い光の中に消えていった。
やがて訪れる幸福のための行進