エルレインが新たに作ったとしか思えない不思議な世界を、私たちは旅していた。
ここで二つ目の街。
みんな困惑しているみたいだけど、私は・・・。
やっぱり、エルレインはフォルトゥナの望むとおり、幸福に包まれた世界を作り出した。
あの人は本物の聖女だ。
・・・私とは違って。
「・・・こんなのおかしいよ!」
カイルの一言から、全員が難色を示す。
なんでだろう、と思う。
人々は、こんなにも幸せそうなのに。
聖女としての役目を終えたのなら、私はなにも考えず、カイルと・・・ずっと一緒にいられる。
エルレインに役割を果たしてもらって、私は幸せなのかもしれない。
そんなことを、私はずっと考えていた。
ハイデルベルグのあった街で資料室を見つけて、全ての謎が解けて、カイルにそれは違うって、否定されたけど。
・・・私は。
私は・・・甘えていただけだったんだ。
分かっているけれど、聖女という立場が今の世界を否定しきれないでいる。
けれど私の英雄となってくれたカイルが、仲間であるみんなが、これが違うというのなら、違うんだろう。
これまで会ってきた、フィリアさん、ウッドロウさん、それにたくさんの人たち。
あの人たちともう二度と会えない。
あの人たちが築き上げた歴史の全てが、それまでの人々の頑張りが、ここには何一つ存在していない。
確かに不幸せなことや辛いこと、苦しいことがたくさんある世界だけど、この世界とは違って活気に溢れていた。
これは、違う。
これは、本当の幸福の形なんかじゃない。
そう、自分に言い聞かせて、エルレインのいるダイクロフトに向かうために、みんなで雪山を登っていた。
・・・てゆーか寒いんだけど!
これ、なに?
なんのいじめ?エルレイン!
前々から性格悪いとは思ってたけど、やっぱりあなた性格悪いわ!
「しっかし、あのエルレインがこんなことするなんてな・・・」
「え?どういうこと?」
寒さに震えながら声を上げたロニに、相変わらず呑気さで寒さを吹き飛ばしてたカイルが首をかしげる。
ジューダスも首をかしげた。
「確かにワンマンなところもあったが、俺の知ってる聖女エルレインは、こんなことするような人間じゃなかったはずだぜ」
「・・・そうね。私の知ってるエルレインとも違うわ」
確かに、あの人の意志を感じはするけれど。
カイルとジューダスが益々困惑した表情になる。
うーんとナナリーが声を上げた。
「あたしもそう思うな」
「え?ナナリーまで?あいつ、ウッドロウさんやフィリアさんを傷つけたんだよ!?」
「うーん・・・それはそうなんだけど。ほら、私の住んでいたホープタウン、周りは砂漠だらけで、火山も近いから水源なんてまったくないところだったろう?」
「そうだな。その割りに、町の近辺は水にも土地にも恵まれていたようだったが」
「あれ、エルレインが奇跡を起こしてくれたのさ。リアラも一緒にいたよね?」
「ええ、いたわ。私たち、神団に入ってすぐに世界中を旅していたの」
私とエルレイン、それからげぼ・・・ゴホン。教団の人たち数名と。
何をしてたの?と素直に問いかけてくるカイルに、人助けをする旅、と簡単に答えた。
それを補ってくれたのはナナリーだ。
「アイグレッテから始まり、各主要都市だけでなく小さな村まで回ってたって話だよ。そこらじゅうでありえない奇跡を起こして、たくさんの人を救ったって。最初は胡散臭いと思ってたんだけどさ、実際目の前で起こされたらね」
「・・・そうね。あの人は、最初からとてもすごい力を持っていたから」
私と、違って。
ちょっと気分が落ちかけていたら、カイルが手を握ってくれる。
本当に、優しい人。
優しくて真っ直ぐな人。
だからこそ英雄になれたのかな。私だけの、なんていうと少し恥ずかしいけど。
「ただ、あの時少し様子がおかしかったよね。そういえば、リアラとエルレインが離れ離れになったのってあの時なんじゃない?」
「ええ・・・そう。急に、違うって言い出して・・・」
そう、確か・・・
「これは正しい形じゃない・・・って」
「あ〜、そんな感じのこと言ってた。幸せの価値だとか、意味だとか。生きてる意味あるのか〜みたいなこと言われてかちーんときたのは覚えてるんだけど」
「お前関節技決めてねーよな」
「そんなことするわけないだろ!」
今決めてるけど。ロニに。
うわーっていう顔で見てるカイルと、呆れかえってるジューダス。
仕方ないよね。
「よく、考えて・・・」
「え?」
「よく考えてって、言われたの。いつもエルレインは不思議なことばかり言ってた。私の見つけた答えが、私を聖女にする・・・とか」
一体、どういう意味なのか。
私もエルレインも、どうあがいても聖女という運命からは逃げられない。
聖女以外の、何者でもないのに。
「私のことを認めてないのかと思ったの。けど・・・それも違う気がして」
「うーん。どちらかっていうと、がんばれ、って、言ってる気がする」
「え?」
腕を組んだカイルが変なことを言い出す。
がんばれって。
どーいう解釈?
「今のままのリアラじゃダメだから、もっとがんばれって。そうしたら、リアラはリアラのやり方で、人々を幸福に導くことができるよ〜って、言いたかったんじゃないのかな」
「・・・」
私のやり方で。
私は私の道を行く、と彼女は言っていた。
あれは、私を見放したわけじゃなかった?
別の道を見つけたから私は必要ないと、そういう意味じゃなかった?
「なら、エルレインは一体・・・」
「それは本人に直接聞くしかないだろう」
ジューダスがもっともな事を言って、会話をとめる。
それもそうだ。
そのためにも、こんなやり方とめるためにも、あの人に会いにいかないと。
ふざけるのが好きで、人の言うこと言うこと全部おかしな方向にとって(真理を付いていたけどソレ言わないのが常識だから!)、でも困ってる人を文句言いながらも放っておけないようなお人好しで。
生まれたばかりだというのに型破りで、けれど人間味溢れるあの人が好きだった。
羨ましかった。
今思えば、妬んでもいた。
でも、私の、憧れだった。
「ねぇ、ロニはどうしてあんなこと言ったの?」
「んあ?あんなことって?」
「エルレインがこんなことする人に思えないって」
「ああ・・・」
私の問いかけに、ロニは遠い目をする。
どーせ美人だから目つけてたんだろ、なんて目を細めるナナリーに、カイルがああなるほど!と手を叩く。
信用の薄さは普段の行いってことで。
むっすーとしたロニが、ちげーよと顔をしかめる。
「エルレインが一度騒動を起こしたことがあってな。それでだ」
「騒動って?」
エルレインが騒動・・・絶対変なことしたんだ。
もー飽きた教団やめて隠居生活してやる!とか。
・・・本当にそれっぽくてちょっと凹みそうなんだけど。
「俺がストレイライズに入って少し経ってからだったな。なーんか、神様崇めるにしてはおかしい感じだとは思ってたんだが、所詮新人の兵士だしよ。文句なんて言えるわけもねーし、怪しいことしてんなーって思っても、大人しく護衛とかしてたんだ」
「怪しいことって、例えば?」
「うーん、そうだな。人様の家に教団の名前使って入り込んで、金目の物全部寄付しろって言ったりとか」
「うわー。なにそれ、詐欺より性質悪いね」
思い切りナナリーが顔をゆがめる。
だろ?と眉を上げたロニは、そんなのありかってみんなで愚痴ったりもしてたんだけどよ、と話を続ける。
「ある日、どかーん!とでかい音が聞こえてな。まさか敵襲か!?なんて慌ててみんなで音源に向かったんだ。けどそこにいたのは、息も絶え絶えの幹部たちとエルレイン」
「え?もしかして、エルレインが?」
「そう」
「それがどうして、良い印象に繋がるわけ?・・・やっぱり美人だから」
「ちげーって。最後まで聞けよ」
眉根をよせて睨み付けるナナリーに、ロニがめんどくさそうに手を振る。
本当、どうやってあんな発言が出たのか。
「俺たちも最初驚いたんだけどよ、なにに一番驚いたって、普段温厚なエルレイン様が鬼みてーなすっげー怖い顔してたことだな」
「え?・・・エルレインが?」
怒ったとしても、冷めた顔で暴言吐いてから、それ相応の報復か因果応報の罰を与えるくらいだった。
物凄く楽しそうに。
・・・ドエス、よね、エルレイン。
それに、あの人はそんなに簡単に怒らない。
実際本気で起こったところなんて、私は一度も見たことが無い。
それが、鬼とまで(女好きの)ロニに言わせるほどとは。
「一体何があったの?」
好奇心の塊カイルが、キラキラした目で問いかける。
ロニは頭をかくと、息をついて苦笑いした。
「それがな、やっぱり幹部の奴ら、教団の名前使って好き勝手してたらしくてさ。あ、それはその騒ぎの後に知ったんだけどな」
「では、その騒ぎでヤツは何をしたんだ?」
「なに・・・といっても、大声で怒鳴っただけだな。後にも先にも、あの人が・・・エルレインが大声上げたのなんて、アレが最後だぜ」
「もったいぶらずに教えなよ。一体何を言ったわけ?」
痺れをきらせたナナリーがロニのコートをひっぱる。
寒い中引きつりながら笑ったロニが、まーそう焦るなよと返した。
やっぱり焦らしてたんだ。
「神に仕えていながら、人々を不幸にするとは何事かー!ってな」
「ほえー。さすが聖女」
「そりゃあすげー声だったぜ。教団全部に響いてンじゃねーかってくらいさ。まぁ、それだけだったら聖女様だなーで終わりなんだけど」
「まだ何かあるのか?」
眉根を寄せて、怪訝な顔をしたジューダスが問いかける。
ああと頷いて、ロニは懐かしそうに笑った。
「お前らみたいな人間はいらない!とっととその面、私の前から消せ!って叫んでさ」
「えっ。聖女様だろ?一応」
「一応な。もうみんなうろたえちまって、誰に従えばいいのかわかんなくてよ。幹部はぶっ倒れてるし、エルレイン付きの護衛なんておろおろするばっかだし」
「それで?」
「それでエルレインは、鬼の形相のまま俺たちを見たんだ。今度はこっちがなに言われるのかって、全員ビビッてな」
相当怖かったらしい。顔。
折角綺麗に作ってもらったんだから、勿体無いことしなきゃいいのに。
急に立ち止まったロニが、真面目な顔して私たちに振り向く。
思わず私たちも立ち止まった。
「心から人々に幸福を与えたいと思う者だけ、私についてきなさい!それ以外は消えてくださって結構!私は一人でも進む!」
大声で叫んで腕を振るロニ。
雪崩起きないかがなにより気になってしまった。
・・・台無しだけど、危ないよね。
「・・・ってな」
「す・・・げー。すごいじゃないか、エルレイン!」
「ああ。びびび!ときたね。この人だったらついていける、ってさ。あれがカリスマ性っていうんだろうな〜」
どこか自慢げにいいながら、また歩き出すロニ。
ナナリーはしかめ面だ。
うん。(嫉妬って)わかってるから嫌な空気出さないでね。
「まぁ、中にはそんな真面目じゃないやつもいるからさ、ついてけねーって辞めたやつもいるし、まだ裏で色々やってるやつもいたけど・・・。本当に神を信仰してるやつらは熱上げてたな。ついでに、それまで教団が迷惑かけた人のところにわざわざ本人が顔出しにいって、頭下げたり奪ったもの返したりとかしてたから、余計にエルレイン信者は増えてたぜ」
「へ〜。そんなことしてたんだ」
「・・・やりそうね、あの人なら」
なによりあの人らしいと思う。
ジューダスも微妙な顔をしてる。
多分、会った時になにかしらあったんだろう。
エルレインは、決して悪い人間じゃなかった。・・・はずなのに。
「ミサに来た人たちとか俺たちみたいな下っ端兵士とかにも気さくな感じでさ。様なんてつけなくていい、力があるからここにいるだけで、自分はそんな人間じゃないって。会う人会う人に言って、呼び捨てにしてもタメ口きいても笑って流して・・・つーかむしろ乗ってたな」
人気うなぎのぼりだよ、と手を振るロニ。
ふーんとカイルとナナリーが声を上げる。
ただ一人ジューダスは渋い顔だ。
「それも手の一つだったのだろう。今の状況を見る限りな」
「・・・そうとは思いたくなかったな」
「美女だから?」
「あーあーそうですよ。どーせ美女に弱いですよー」
結局カイルにおちょくられてる。
ついでにナナリーに関節技決められてる。
けど、私にはそうは思えなかった。
「いいえ、エルレインならそう言うと思うわ。・・・あの人らしい」
実際、旅をしているときもそうだった。
随分かばうな、なんて目でジューダスが見てくる。
かばうというか、本当のことだ。
「でも、それならなんでこんなことしたんだろう?」
「・・・さあなぁ。教団のトップに立って、色々あったんじゃねーか」
「人々を幸運にする、ていう本来の目的は忘れていないみたいだしね」
「ただその方向性は激しく間違っているがな」
ジューダスのつっこみスキルが唸りを上げる。
うん、と私も頷いた。
なぜ、こんなことをしてるのか。
なぜ、そんなことをするような人になってしまったのか。
「・・・何かあったのかな」
私のつぶやきは、吹雪の音にかき消されてしまった。
「とにかく、行ってみよう。話しはそれからだ!」
「そうね」
「そうだな」
「ああ、とっとと行こう」
「のんびりしていたのは、どこかのフラレマンの所為だがな」
「うるせーぞジューダス!!フラレマン言うな!」
ぎゃーぎゃーいつもの騒ぎが始まる。
みんな、本当に楽しそうだ。
こんなにも切羽詰った状況なのに。
この人たちと共にいられて、私はとても幸せだと思う。
エルレインには、そういう人が誰もいなかったのかな。
だからこんなことをするようになってしまったのかな。
だとしたら、私は、エルレインを救いたい。
例え・・・神を殺すことになっても。
「エルレイン!世界が、こんな風に変わってしまったのは・・・お前の仕業なんだな!?」
一緒に旅をしてきたときとは違う、無表情。
あの人は、こんなにも冷たい顔が出来るようになってしまった。
「今はまだ、過度期にすぎない。神がより完全な形で降臨を果たしたとき、完全な世界、完全な形で幸福が現出するのだ」
「やめてエルレイン!!あなたは・・・こんなことする人じゃなかったわ!!」
まるで人形のよう。
表情も、喋り方も。
人形・・・フォルトゥナに、なにかされたのか。
それとも本来の聖女としての形を思い出した?
エルレインは私を静かに見て、目を細めた。
どこか、懐かしそうに。
「だとしたら君は、どうしたいというの?私たちはフォルトゥナの聖女。人々に幸福をもたらすために生まれた存在。・・・その方法を考える以前に自分というものを認められず、ただ旅をしているだけ。リアラ、君は、何がしたいの?」
「・・・っ」
「リアラは、ただ旅をしてるだけじゃない!!」
言葉に詰まる私の隣から、カイルが声を上げてくれる。
エルレインはカイルを見た。
カイルはエルレインを睨んでる。
「リアラはこの旅で、色んな事を学んできた!俺たちと一緒に!なにも考えてないわけじゃない!幸せってなんだろうとか、どうやったら人を幸せに出来るんだろうとか、ずっとずっと考えてきたんだ!お前の事だって・・・こんなことしてる、お前の事だって!リアラは心配してたんだぞ!!」
「カイル・・・」
ごめん少し恥ずかしい。
いえ、感動したけど。
エルレインを見れば、エルレインは目を閉じていた。
ゆっくりその瞳を開いて、私をちらりと見る。けどすぐにカイルと目を合わせた。
「それがなんだというの?」
「なに!?」
「それがなんに繋がったというの?私の邪魔をして、人々を幸福から遠ざけただけに過ぎない。結局、なんの成果も現れていない」
「それは違うわ!あなたが間違ってるの!!ねぇ、エルレイン、考え直して。こんなやり方間違ってる!あなたは、もっと違う方法で人々を幸せに導けるはずよ!!」
こんなの、私の知ってるエルレインじゃない。
エルレインは私を見て、目を細めるとふっと笑った。
あの頃のエルレインが戻ってきた気がして、希望が見えた。
気が、したんだけど。
「否定するだけで他の策も浮かばないのに?」
また、言葉が返せない。
だからって!と声を上げるカイルを見て、エルレインは益々笑った。
「私は私なりに考えた。そして導き出した答えがこれだ。私は、私の道を行く。・・・君もそうして裏切り者になったんだろう?ジューダス。いえ、リオン・マグナス」
「リ、リオン・マグナスだって!?」
顔を向けられたジューダスがうろたえる。
ジューダスのことも気になるけど、私はエルレインのほうが気になって仕方がない。
どうしてこんなことをしてるのか。
そんな答えじゃ納得がいかない。
まだ、他に何かあるような気がして。
「エルレイン!」
レンズの力を使って、輝き始めるエルレイン。
これではただの暴走だ。
どうして、なぜ、とそれしか浮かばない頭では、エルレインを止める術なんて見つからない。
意識を失う寸前に見た、あの頃のようなエルレインの表情。
夢だとは、信じたくなかった。
―― ウワサの同時刻
一々力を補充してやんなきゃならない世界から、一旦ダイクロフトに戻ってきた。
あそこにずっといると気がめいる。
いわゆるサボりだ。
そろそろリアラたち来る頃なんだろーけどなー。
あー疲れたーなんてだらければ、早速二人に呆れられた。
「っくし!」
「風邪か?」
「いや。寒気とかはないんだけど・・・っくしゅ!」
「顔の割りに小さいな」
「どーゆー意味だオッサン!」
ミクトランガチで腹立つんですけど!
しかもバルバトスまで笑ってる。
バカじゃなくてよかったなって余計なお世話だ。
「誰か噂でもしてるのかな?」
「悪口だな」
「悪口だな」
「君たちに比べたらマシだろーよ」
「「よくいう」」
うるせーよ。
誰かこいつらの口縫ってくれないだろうか。
「あーもー飽きたー!私隠居生活するー!」
「はいはい。とっとと休憩してとっとと働け」
バルバトスがはいはいとか言ってる!
思い切り叫んだら、イービルスフィアかまされた。
穴だらけのウソ