転校初日以来、ツナたちはの姿を見ていない。
それもそのはずで、は毎日学校を休んでいる。連絡しようにも電話も持っていないらしい。
街中で見た、という女子の目撃情報もあるのだが、それも本当かどうか怪しい。
まずは女なのだから。
「・・・今日で三日目か」
山本がぽつりとつぶやく。
初めてあった時からそうだったが、山本はやけにのことを気にしている。というか、よく心情を察してあげている。
ツナはちらりと山本を見てから、ため息をついて教科書とノートを取り出した。
雨が降りそうな空だった。
そんなことはどうでもいい状況に置かれていた雲雀恭弥は、目の前に群れている不良たちをいつも通りトンファーで叩き潰していた。
使われていない廃工場。
後ろには待機している風紀委員。今日は気まぐれで町内の見回りをしていた。
「ギャァア!!」
上がる悲鳴も次第に消えて行く。
今ので、最後。
「処理しておいて」
ブンとトンファーを振って血を飛ばす。
雲雀が命令すると共に、風紀委員たちが転がっている不良たちを転がしたり抱えたりして、端に捨て始めた。
雲雀はその集まりから離れて、さて次は、と思考をめぐらせる。
「がぁ!」
「ぐっ!」
「・・・ん?」
離れたところ――工場の奥のほうから、うめき声が聞こえてくる。
奥に進んでいけば、崩れかかった壁の向こうに薄暗いコンクリートだらけの広場が見えた。
そこに、スーツを着た集団――と真っ白なジャージを着ている人物が一人、浮いて立っている。
全開にされている上着の中も、白いTシャツ。黒い髪以外は、白。
中性的で分かりずらいが、丸みのある体を見ると女。
「それで?」
「っく・・・ぅ」
「抵抗するのなら、力づくでも連れて行く」
白い人物の足元には、二・三人のスーツの男。
リーダーらしき男の言葉に、白い人物は鼻で笑ってから「あそう」とそっけなく答えた。
「従わないのか?」
「くだらねぇ・・・」
再度問いかける(らしい)男に、白い人物が心底やる気なく答える。
ふっと息をついた男は、周りに立っているスーツの男たちに腕を振って「行け」と一言声をかけた。
どう見ても、白い人物よりも男たちは一回り以上大きい。
「――!」
だというのに、白い人物は臆することなく男たちをゆっくり見て――さらに殴り飛ばし始めた。
流れるように次々殴り飛ばし、仕留めていく。
肘まで捲くられた袖から見えている細い腕では、到底出せる腕力ではなくみえるのに。
突きのスピードも半端ない。
目を向けずとも、耳と鼻、それらで察知してるのか隙のある相手から確実に落とす。
鉄パイプやナイフを持った男もいたが、腕を蹴り飛ばすなり攻撃されるより早く殴り飛ばすなり、やはりすぐさま倒した。
上がるのは男たちのうめき声と気合のみ。
桁違いの素早さ。
白い人物はただ淡々と動いている。
雲雀はぞくぞく体が疼くのを感じた。
他の風紀委員たちも皆、白い人物と男たちの戦いをぽかんとしながら見ている。
雲雀は白い人物を見るのに集中していて目に入らない。(はっきり言ってしまえばどうでもいい)
パァン!と、乾いた音が響いた。
銃声だ。後ろからヒッ!と声が上がる。
「動くな!それ以上――」
どうやら銃を持っていたらしい男が、両手で銃を構えて白い人物に向ける。
目を細めた白い人物は、喋っている途中の男の懐に一瞬で入り込みさっさと殴り倒した。ついでに銃を手に取る。(やはり尋常じゃない速さだった)
「へー」
感心したというよりは、あったんだ、というリアクション。
子供のように銃を転がして眺めたかと思うと、薄く笑みを浮かべて右手に持った。
持っているのはリボルバータイプの銃。銃自体素人が扱えるものではない。
リーダーの周りを固めるように立っていた男たちが、ガタガタ音を立てて銃やナイフを構えた。
「・・・ふぅん」
興味なさそうにちらりと男たちを見てから、白い人物は銃を構える。倒れている男に。
ズドン!!
銃声が響く。ヒッ!とまた後ろの委員たちが声を上げた。
雲雀は目を見開いてその光景を見入る。
白い人物は男に銃を撃った。撃って、口の端をあげている。また、一発。二発。三発。
地面に血が広がる。
めんどくさそうな顔でそれを見た白い人物は、ぽいと銃を捨てた。
「・・・ふぅん」
今度は雲雀が声を上げた。
声が上擦っている。ぞくぞくする。ありえなく、興奮している。
感じ取って、自然と笑みを浮かべていることに気付いた。
男が撃たれたのは手足だけ。
いとも簡単に銃を撃った白い人物は、ふいと銃を構えている男たちを見る。
周りに全く流されない空気。
白い人物のそこだけが、まるで違う空間になっている――ように錯覚する。
白い人物自身がまず周りと違うのだろう。色々な面で。
ありえないほどマイペースな節がふつふつと出ているが。
「これはちょっとまずいな」
「・・・」
声が増えた。
何故だか赤ん坊。黒いスーツを着て、端っこに立てかけてある焼却炉の上に立っている。
それまで何も感じさせなかった白い人物が、ここにきて初めて殺気を見せた。
殺気を向けられているのは、赤ん坊。
男達は赤ん坊を見てうろたえている。
殺気立つ白い人物を見て、さらに雲雀はぞくりと体を震わせた。
殺気だった白い人物は、まるで鋭利な刃物のようだ。
「どうする。テメーの落ち度だぜ」
「死ね。落ちるも何もまだなにもしてねーっつーの」
「ここまでやっといてか。ツナが居たら即つっこんでるな」
「興味ない」
目を細めて、相当不機嫌な空気を出す。密かに、殺気も。さきほどより抑えられているが。
吐き捨てるように言ったという白い人物は、めんどくさそうに目を細めて男たちに顔を戻した。
赤ん坊がフッと笑う。
「貸してやる。今怪我されても困るからな」
ぽいと赤ん坊が投げたのは、赤ん坊の頭に乗っていたカメレオン。
顔をしかめてがカメレオンを手に取ると、カメレオンはうねうね形を変えた。
の手にあるのは、刃渡り三十センチ程度の剣が二つ。は心底いやそうな顔で舌打ちした。
「いけ」
「指図すんな」
赤ん坊に言い返してから、両手に剣を持って低く構える。
男たちが銃を構えなおす。――それより早く、が動いた。
ほとんど白い光のように見えた素早さ。だが、ズガン!という音と共にの動きが止まった。
男たちのところに入り込むギリギリで赤ん坊が銃を撃ったらしく、当たる前に下がったらしい。
はぎろりと赤ん坊を睨む。
「ざけんなクソチビガキ。死ね」
「殺すな」
銃を構えたまま、赤ん坊が言う。
またが目を細めると、赤ん坊は帽子を深く被って銃を降ろした。
「今お前が殺せば、お前の存在が今以上に広がる。そうなれば厄介だ。・・・大体慣れてねぇだろ」
「・・・チッ」
赤ん坊の言葉を聞いて、何度目かの舌打ち。それと共にまた走り出す。
男たちが銃を撃ち始めるがそれも全く――間に合わず。
「殺さずにっつーほーが難しいんだけどなァ・・・素人には」
めんどくさそうに言って、目の前の男を切り捨てる。
回ってまた斬る。跳ねて攻撃を避けて、また斬る。
は一気に飛び込んで、走るスピードも下げずに斬って蹴って殴ってとドンドン男たちを潰していく。
両手で横薙ぎに一斬り。リーダーの男を斬る。
そのまま右足を軸にぐるりと回り、リーダーの後ろにいた男も斬った。
回転ついでに剣の柄でリーダーの男の後頭部を殴る。簡単に崩れ落ちた。
倒れる男たちを見る事もなく、はさっと後ろに飛んで離れる。
白い姿は、最初の頃と変わらず。
返り血も浴びず白さを保っている。赤がついているのは、唯一両手にある剣だけだ。
なにより――殺気のない状態で喧嘩をする人間を見るのは、初めてだった。
相手に対してあまりに無関心な表情。そして態度。
それはわかっても殺気がないというのは初めてだった。
「ふー・・・」
「こんなもんか」
息をつくに赤ん坊が声をかける。
今赤ん坊の存在を思い出したかのように、は一気に赤ん坊を殺気だった目で睨みつけた。ついでに、両手にある剣を赤ん坊に投げる。
赤ん坊は簡単にそれを避けて、カメレオンに戻ったそれを頭にのせた。
「雑魚ばっか相手にしてたんじゃ、いつまでも腕はあがんねーぞ」
「るせー。興味なくとも沸いてくんだよ」
赤ん坊におざなりに答えつつ、は倒れている男たちをキョロキョロ見ながら踏み歩く。
ごそごそ何かを漁って取り出したかと思うと、銀色の銃だった。
「これ・・・いいな」
「欲しいなら取り寄せるぞ」
「雑誌でもよこせ。調べる」
目を細めながら銃を見て、はスタスタ元いた位置に戻る。
くるくる銃を回しながら赤ん坊に返事を返すと、急にパァンと上に向けて撃った。
遅れて、どさりと人が落ちてくる。
「へぇ・・・気付いてたのか」
「偶然だろ」
どうにも偶然に見えない。
表情は冷め切っている。つまらなそうに。また銃をくるくる回す。
「お前の根回しじゃねーのか」
「まぁ、あながちはずれじゃねーな」
パァン!と、赤ん坊の言葉の後すぐ音が響く。
撃たれたのは赤ん坊。しかしまったく動じていない。
撃ったも、目を細めて赤ん坊を横目に見ているだけだ。
放たれた弾は赤ん坊の顔から五センチ程度はなれた壁に埋まっている。
赤ん坊が、馬鹿にするように小さく笑った。
「お前の存在を中・小マフィアたちにさりげなくバラして、襲わせた」
「なんのために」
「お前戦い慣れしてねーだろ。その身体能力も使いこなせていない」
パァン!
また音が響く。
遅れて、人が落ちてくる。
はフンと息をついて、いつの間にやら腰の横に構えていた銃をくるりと回した。
「向こうじゃこんなことしたことねーしな」
「だろうと思ってな。それと、お前の生活費に回る金稼ぎだ」
「そっちで持つんじゃねーのかよ」
「少しは働いてもらわなきゃさすがにこっちもやべーからな。まぁ、これくらい何とかできるだろ。ちなみに昨日今日の報酬はあわせて三百万だ」
「少な」
パァン!パァン!と音が響く。
遅れて、落ちてくる人が二人。
はかなりめんどくさそうだ。多すぎだろ、と赤ん坊が口を尖らせる。
「いい加減殺してやりてーんだけど」
「俺をか?」
「フン。愚問だな」
鼻で笑ってから、は赤ん坊に銃を向ける。
赤ん坊は変わらない表情でを見返した。銃も構えず。
がパァン!と銃を撃つ。赤ん坊の首のギリギリ。
赤ん坊は銃を手に持ち、ズガン!と撃った。
どさり、と音を立てて人が落ちてくる。
チッと舌打ちして、は落ちてきた人間を見た。
「んだよまだいたのかよ」
「だからお前はまだまだなんだ。ガキの喧嘩と変わりねーな」
「フン。興味ないね。・・・チッ。死ねよ屑が」
パァン!パァン!と銃の音が何度も響く。
意識があったらしい男は、三発目で気絶した。それでもは撃っている。
急所を撃たずにあえて別のところばかりを。
「弱いものいじめが好きなのか?」
「ああ大好きだね優越感に浸れる。・・・くだらねぇ」
「だったら止めとけ」
「うるせー死ね」
赤ん坊の言葉に棒読みで答えたは、嫌悪を顔に出して吐き捨てるようにつぶやく。
やはり赤ん坊に投げるように言葉を返すと、手に持っていた銃を地面に投げ捨てて踵を返した。
瞬間、赤ん坊がズガガンと銃を撃つ。
撃たれたのは、の落とした銃。
「証拠品残しとくとバレるぞ」
「・・・こいつら生かしとく時点でどうかと思うけど。誰かにやらせとけよ」
「結局お前が関与したとバレるだろ。どこもお前を欲しがってる。自分たちだけが持ってると思ってる超S級の情報、流すような馬鹿はいねェよ」
「どうだか」
赤ん坊に返事を返しつつ、は煙草に火をつけて煙を吐き出す。
やはりやる気のない顔でが歩き出すのと共に、それまでぼぅっと立っていた雲雀はぴくりと腕を動かした。
「いいのか」
「・・・なにがだ」
「そこにいるガキどもが相手して欲しそうだぞ」
赤ん坊の言葉を聞いて、後ろの委員たちがまた小さく悲鳴を上げる。
雲雀は上がる口の筋肉を押さえられなかった。
荒削りだが、見る限りは強い。
今まで相手にしてきた雑魚とは比べ物にならない。
どくどくと体中の血が滾っている。ありえなく。今までになく。
前に出ようとしたところで、の「興味ねえよ」というやる気のない声が聞こえてきた。
言ったはこちらを見てもいない。
「ガキ殴ってなにが楽しいんだ」
「雑魚相手にしておいてか」
「金になるんだろ。大体こいつらガキじゃねぇ」
赤ん坊の言葉にやはり吐き捨てるように返事を返して、足元にいる男を蹴りつける。
手に煙草を持ってフーと煙を吐くと、めんどくさそうに舌打ちした。
「・・・くだらねぇ」
「投げやりになりすぎんな。たまには学校行ってみたらどうだ。なんか変わるかもしんねーぞ」
「今更中学行ってどうなんだよ」
「ツナが心配してる」
「必要ないと伝えておけ」
「自分で伝えるんだな」
「フン。だったら勝手にしたらいい」
最後に赤ん坊を一睨みして、は歩き出す。
ぴんと煙草を指で弾くと、落ちた灰が風に流れた。
「あんまり学校いかねーようだと、報酬半額にするぞ」
「小姑かテメーは。死ね」
くるりとが振り返った瞬間、赤ん坊がびしっとライターを手で取る。
を見れば、上がっている手。
一瞬の間に飛ばしたのかと、雲雀は笑みを浮かべたままを見た。
「くだらねぇ」
また吐き捨てるように言って、舌打ちしてから今度こそ歩いていく。
が完全に居なくなってから、後ろにいた風紀委員たちがほーっと息をついた。
雲雀は笑みを浮かべて、惨劇状態の広場に出て行く。
一人残って雲雀に顔を向けるのは、赤ん坊。
「気になるか」
「ああ。君の知り合い?」
「知ってるぞ。お前と同じ学校だ。四日前転校してきた」
それだけ言って、赤ん坊はスタスタ歩いていく。
雲雀は笑みを浮かべたまま、の消えた路地をじっと眺めた。
まだ体中の血がどくどくと煩く脈打ってる。
「さっさとそれ片付けといて。草壁、四日前転校してきた生徒――って名前の。調べておけ」
明日までに、と一言言って、雲雀はさっさと踵を返す。
あくせく動いている風紀委員たちも無視してさっさと帰った。
口元に笑みを浮かべて。
生まれて初めて見た。あんなに綺麗に人を倒す人。(まだ心臓がどきどきいってる。君は、いったい何者?)