気付いたら私は、雲雀だった。
小さな自分の手。足。というか体。
記憶をたどれば“雲雀”の記憶と、“私”だったころの記憶もある。
あれー?と首をかしげる私を、兄である雲雀恭弥が同じく首をかしげながら眺めていた。
どうやら転生、というやつらしい。
?どうしたの?」
「・・・んーん。なんでもない」
兄さん可愛いしいっかなーと考える私は、結構呑気で現金だ。







塞翁が馬







あれから何年もたち、私ははれて中学生になった。
すでに中学に上がっていた兄からお祝いの言葉を貰って、ついでに半日で終わるはずの入学式のうちに学校中案内されてしまった。
兄は学校が大好きらしい。
それに昔から物凄く心配性で、よく「は僕が認めたやつ以外と群れちゃだめだよ」といわれてきた。
お陰で、家に友達を呼んだことは一度もない。
物腰やわらかくて真面目な兄は、何故だかトンファーを隠し持って時折殺気立っているから。
ついでに周りにえらく恐れられているらしい。
何をしたんだ、兄。と思ったのは記憶に新しい思い出だ。
だって自分の持っていた兄貴像は、結構な勘違いだと気付いたから。

気付いたのが中学に上がってからっていうのも物凄く今更だけど、ここは私も見たことがある漫画の世界みたい。

兄も結構重要な役柄にいたように思える。ようなそうでもないような?
そんなこんなで始まった中学校生活。
校歌のごとく、大なく小なく並な生活だ。
というか、みんな「ヒバリの妹」と恐れて私に近寄ってこない。
とにかく可もなく不可もなく。
友達はそれなりにいるけど浅くあさーく、な学校生活を送っている。(一緒に帰ろうものなら・・・ね)
そんな私は今、兄からの頼まれごとでお届け物を配達中である。
「うー・・・」
結構重い。
何を運んでるって、学ラン数着だ。
破れる・汚すということは結構あるらしくて(兄はクリーニング程度で済んでる)、今日はたまたま草壁くんやその他の人たちも忙しかったらしくて、私が借り出された。
男の子なら平気かもしれないけど、女である私には結構重労働だ。
学校から帰るついでに、ふらふらしながら学ランを運ぶ。
春先から学校内でしょっちゅう爆発事故がある所為だとか兄が文句を言っていたが、犯人に早く捕まって欲しいと切実に思う。
兄の帰りが遅くなるばかりか、私まで借り出されてしまうのだから。
「あっ」
石に躓いてしまったらしい。
一気にバランスが崩れて、ずしゃりとその場に倒れこんでしまう。
持っていた学ラン(ビニール袋入り)も目の前にバラけてしまった。
なんだか理不尽な気持ちにさいなまれて、私ははぁとため息をつく。
すりむけてはいないようだが、膝がじんじんと痛む。
仕方がないと学ランに手を伸ばしたところで、大丈夫?と声をかけられた。
顔を上げれば、重力に逆らった茶色い髪をした、優しそうな男の子がかがんでこちらを見ている。
「あ・・・はい。大丈夫です」
「手伝うよ」
「え、い、いえ!いいですよ!」
「いいよ。重かったんでしょ?制服って結構生地厚いし」
目の前で転ばれて放っておくのもね、と苦笑いしながら男の子は制服をかき集めてくれる。
その人にとっては当たり前の親切、かもしれないけれど、私は不覚にもときめいてしまった。
なんの見返りもなしに親切にされたことなんて、ない。
ヒバリの妹として脅えた目でみられないのも、ここ最近じゃ久しぶりだ。(知らないだけかもしれないけど)
制服を持って立ち上がった男の子を見てはっと我に返ると、私も慌てて立ち上がった。
「あ、あの、ありがとうございます!」
「どーいたしまして。これ、どこに運ぶの?」
「えぇと、そこの呉服屋に・・・あ!わ、私が運びますから!」
「いいよ。すぐそこだし」
歩き出す男の子の後を慌てて追いかけるけど、男の子は苦笑いしてひょいと制服を上げてみせる。
ここまで大変だったんじゃない?といわれて、顔に熱を集めながら「はい・・・」と情けない返事を返してしまった。
雲雀
どうやら恋に落ちた模様です。
・・・血の雨が降らないことを祈るばかりだ。
兄には秘密にしておこうと思う。
結局その男の子に制服を運んでもらって、兄からの言伝を店の人に伝えて、私の仕事は終了してしまった。
「あの、ありがとうございました」
「いいよ。どうせ帰り道だし」
「いいえ。本当に助かりました。あの・・・お名前を伺ってもよろしいですか?」
自分から名前を聞いたのなんて初めてだ。
男の子はきょとんとしてから、ああごめんと照れたように笑う。
可愛い、と思うのは間違いだろうか。
兄も笑うと可愛いからいいだろう。うん。
「俺、沢田綱吉」
「沢田、つなよし・・・」
「あ、君は?」
「あ。す、すみません。雲雀といいます」
慌てて頭を下げて名前を名乗る。
ヒバリ?と怪訝な顔をした男の子は、少し目を泳がせてから「雲雀さん、ね」と言った。
「あの、何組ですか?同じ一年・・・ですよね?」
「え?うん、A組だけど・・・」
「お礼、させてください。お菓子くらいしか用意できませんが、明日持って行きます」
「え!?いいよそんなの!ホントにたいしたことないし!」
「いえ。物凄く助かりましたから。・・・迷惑、ですか?」
本当にいらないなら礼なんてしないほうがいいだろう。
そう思って問いかければ、沢田くんは物凄く目を泳がせながらいや・・・迷惑じゃないけど・・・と言葉をにごらせる。
「申し訳ないっつーかなんつーか・・・」
「私のほうが申し訳ないです。それじゃあ、明日A組に伺いますね」
「えっ!?」
「今日は本当にありがとうございました」
よかったーと笑みを浮かべながら、ぺこりと頭を下げる。
無反応な沢田くんが少し不思議だったけど、私はそれじゃあと挨拶してそのまま歩き出した。
後から呼ばれた気がしたけど、気のせいかな。
帰りがてらお菓子を買って(ナミモリーヌの!)、家に帰ってからも・・・久々にクッキーなんて作ってしまった。
これじゃあ完全、恋する乙女だ。
とはいえ、頭から彼のことが離れない。
はぁ、とため息をついて、いやいや景気がよくないと頭を振って、生地を型からくりぬいた。
?なにしてるの?」
「あ。お帰り兄さん」
「ただいま。・・・で、なにしてるの?」
「クッキー作ってるの」
「それは見れば分かるよ」
帰ってきた兄が、早速呆れ顔する。
それ以外どう答えればいいのかと首を傾げれば、ため息をつかれた。
「僕はどうしてクッキーを作ってるのかって聞いてるんだけど」
「ああ。・・・えとね、今日ね、お使いをしてるときに助けてくれた人がいたの」
「助け?・・・襲われでもしたの?」
「ううん。石につまずいて転んじゃって」
不穏な空気を出す兄に慌てて首を振れば、兄はふぅんといいながら私の膝を見る。
怪我はなかったよと言えば、そう、とため息混じりに返された。
「それとクッキーと何の関係があるの?」
「ばらけた制服拾ってくれて、呉服屋まで持っていってくれた人がいて。同じ学校の人だったから、明日お礼に渡そうと思って」
「・・・ふぅん」
すぅっと、兄が目を細める。
なんとなく気まずくなって、私は型抜き中の生地に顔を戻した。
結構な量があるから、兄と私の分もある。
焼けたら夜食の変わりに出せば良い。
「ねぇ。それって男?」
「え?う、うん。男の子。同い年の」
「・・・ふぅん。名前は」
「え。・・・沢田くん」
なんだろう。
兄の目が段々据わっている。兄さん、怖いです。
またふぅんと言った兄は、腕を組んで壁に背もたれたまま、私が作業を進めるのをじっと見た。
悪いことをしてるわけじゃないのに、物凄く気まずい。
型抜きした生地をオーブンに入れたところで、ふぅと一息ついた。
顔を向ければ、兄はまだ私を見ている。
「えっと、紅茶でも入れる?」
「うん」
ようやく興味がそれたらしい。
頷いてリビングにいく兄を見送ってから、はぁーと息をついた。
「・・・受け取ってもらえるかな」
ちょっと強引だった気もしなくもない。
ついでに手作りのお菓子だ何て、怪しまれそうだ。
「・・・はぁ」
でも受け取って欲しいな、と思いながら、兄を待たせるわけにもいかないので紅茶を入れた。
明日が楽しみなようで、少し怖い。
また会えると思うと少しどきどきするけど、それ以上にどうしたらいいのか、何を話したらいいのかと不安になってくる。
「・・・はぁ・・・」
とにかく会いに行くしかない。
口実であるお菓子も準備万端で、せめて嫌そうな顔をされなければいいと、それだけを思った。
「全部食べて良い?」
「お皿にあるのはね」
「そっちのも」
「こっちはダメです」
「チッ・・・」
「(舌打ち・・・!?)」
兄に話したのはまずかったかもしれない。
微妙に気になるらしい(いや物凄く気にしてる)兄をのらりくらりとかわして、念のため袋につめたクッキーも部屋に持ち込んで隠して、その日は就寝。
沢田くんのことと、部屋に兄が侵入してこないかが気になって中々眠れなかった。










(ねぇ、そいつどんな特徴?)(え、特徴?・・・優しかったなぁ)(・・・そういうことじゃなくて)(よく苦笑いする子だよ)(そういうことでもなくて)